面白くなければ学問じゃない!No.6

ビジネスの目的は利益の追求ではない!
顧客の創造である。

白珍尚メインINDEXーPC
白珍尚メインINDEXーSP
#亜大の研究
白 珍尚 准教授
経営学部 経営学科
2024.01.24
企画シリーズ「面白くなければ学問じゃない!」では、亜細亜大学の教員陣の研究内容やエピソードを紹介します。第6回目の特集は、経営学部 経営学科 白 珍尚 准教授です。
亜細亜大学_2024年01月_web_画像_修正_960

ドラッカー経営学

私は、ドラッカーのマネジメント思想をベースに授業をしています。
ドラッカー経営学は、1954年『現代の経営』という本が紹介されたことから、多くの経営者とビジネスマンによって実践され、そして多くの経営学者によって研究されてきました。その後、幾度もドラッカーブームがあり、最近では2009年『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海著、ダイヤモンド社)という本がベストセラーになりました。いわゆる「もしドラ」ブームによって、仕事でマネジメントをする経営管理者やマネジメントを考える男性のサラリーマンだけでなく、普段マネジメントについて考えることがなかった高校生や主婦などの方々にも、マネジメントという言葉が広く知られるようになりました。
 
一般的に、利益を上げることがビジネスの目的であると考えられていますが、ドラッカー経営学においては企業という組織が展開するビジネスの目的を「顧客の創造」としていることが特徴的です。例えば、私たちの身体で心臓や体の一部分だけが肥大化し、身長や骨格が肥大化した部分を支えられなくなる、特定の臓器器官だけに栄養が集中して他の器官の成長を妨げてしまうと、治療が必要な病気であると判断されます。同様に、社会の中で異常に多くの栄養分を吸収した企業だけが成長するのではなく、企業という社会の一組織一器官が展開するビジネスによって、新たな価値と顧客を創造し続けることによって、社会全体が成長と発展を成し遂げるというのです。
 
つまり、ドラッカー経営学、ドラッカーのマネジメント思想の最大の特徴は、社会全体の発展に寄与する組織としての企業、企業という組織が展開するビジネスを、より効率的、より効果的なものにするためにマネジメントが不可欠であるとしている点です。

未来志向

白珍尚イメージ1
もちろん、企業が存続していくためには利益も不可欠です。
企業は、株式などの形で不特定多数の人々から投資を受けて成り立っており、多様かつ優秀な、知識とスキルとノウハウを持つ人材を雇用して彼らの活躍によってビジネスが行われ、無数の取引先と複雑な関係を有しています。このようなステークホルダーから委ねられた社会的資源を有効に活用して、持続的に成長し続ける責任があるのです。よって、過去の仕事によって生み出された利益が技術研究や新製品開発や生産設備拡大などに用いられ、新たなビジネスやプロダクトを創造するための、未来を創造するためのコストとして確保されなければなりません。
逆説すると、ステークホルダーから貴重な社会的資源を委ねられているにもかかわらず、顧客にとって価値あるプロダクトが提供できず、消費者が欲しいと思える製品やサービスが提供できないビジネスは社会に存在する意義を失ってしまうのです。

利益は、過去に行った仕事の成果を測る尺度であると考えられます。
自動車の運転に例えると、フロントガラス越しの青い空、風に揺れる木々を眺めながら、くねくね曲がった山道やまっすぐに伸びた高速道路を走ります。安全確認のためにバックミラーを見るとはいえ、バックミラーで後方だけを見つめていては前に進むことができません。ハンドルを握りアクセルを踏みながら自動車を前進させるドライバーは前を向いて、未来志向でなければならないのです。
必要に応じて過去の成果を見つめることも必要ですが、利益の追求をビジネスの目的とした企業が消費者を欺き、顧客と社会に悪影響を及ぼした不祥事の例は多くあります。

すなわち、貴重な社会的資源を活用して持続的な成長を続けなければならない企業にとって、利益は目的というより、むしろ最低限の成果であり、未来を創造していくための最低限の条件であると考える必要があります。

未来創造

ドラッカーは、「われわれは未来について、二つのことしか知らない」と述べています。
私たちが「未来について知っている一つは、未来を知ることはできない。そしてもう一つは、未来は現在存在するものとも、そして現在われわれが予想するものとも異なる」というドラッカーの言葉は、あまりにも基本的なことですが、それはあまりにも理解されていないことでもあります。
未来を知ることができないという言葉は、私たちを不安と悲観の極致に陥れるかのようにも聞こえますが、その言葉は大きな希望を与えてくれます。すなわち、過ぎ去った過去は変えられないものの、今どの方向を向いているか、現在何を行っているかによって、未だ来ていない未来を変えることはできるということです。自らをマーケティングし、自らをイノベーションすることで、自らの手で未来を創造することの必然性と可能性を示唆しており、今日とは異なる明日、知りえない未来には今日とは異なる新たな自らを迎えられるという希望を与えてくれるのです。

私たちを取り巻くさまざまな環境が常に変化しており、私たちも常に変化している、そして変化していかなければならない。さらに自らが自らを変化させることで明日を変えることができるということが理解されていても、何もしないという最大のリスクを理解している人は多くありません。
未来を夢見ること、未来を語り合うことは簡単です。しかし、より積極的な姿勢が求められます。明日行うべきことを決めることなどより、はるかに積極的な姿勢が求められます。夢を実現するためには今日何を行うべきか、今日とは異なる明日を招き寄せるためには今日何を行うべきかを決めることより、はるかに積極的な姿勢が求められます。すなわち、変化を当然のこととし、自らが変化を創造する、未来を創造するという積極的な姿勢が求められるのです。

明日は明日始まるのではなく、すでに始まっているのです。

始めなければ始まらない、変えなければ変わらないのです。

“すでに起こった未来”

白珍尚イメージ2
私たちは占い師のような特別な能力を持ち備えていないために、未だ来ていない未来は知り得ません。しかし、知り得る未来もあります。ドラッカーがいう“すでに起こった未来”です。
2020年に100万人の新生児が生まれたとすると、大きな戦争や震災などがない限り、2040年の20歳人口が約100万人になるという当たり前の事実です。また平均的な大学進学率とその推移を含めて考えると2038年の大学受験者数が予測できたり、2020年当時の新生児男女比や平均的な結婚年齢とその推移を含めて単純な計算をするだけで、彼らが結婚適齢期を迎える2050年の婚姻件数、さらには出生率の推移などを見るだけで、新婚カップルの間で生まれる新生児数の減少も予測できるのです。正確な数字まで当てることはできなくても、人口減少や大学受験者減少の傾向と大学間の競争が激化すること、魅力ある大学への変貌が不可避的な事実であることを知ることは可能です。

歴史と過去を学び、どのような変化が生じてその変化が現在にどのような影響を与えているか、現在起きている変化を見つめ、その変化が未来にどのような影響を与えるか、点と点を結んだ線と傾向を発見して、その変化と変化による影響が現実として表れるまでのタイムラグを利用して準備と対策を行うことが必要です。2020年に生まれた新生児が18歳の受験生になる2038年までは18年ものタイムラグが、30歳の結婚適齢期になる2050年までは30年ものタイムラグがあるのです。
人口の減少は経済規模の縮小や労働力不足などの社会的問題として取り上げられますが、すでに起こった未来が具体的な現実として表れるまでのタイムラグの間に、どのような準備と対策をするかによって、社会的問題とそれによる変化と影響を未来の機会に変えられるのです。少子化による人口減少が深刻な問題とされる一方で、一人ひとりの子供に対する社会の関心と家族の愛情はこれまで以上に深くなり、また一人ひとりの子供に支出される父母や祖父母の教育費がこれまで以上に大きくなることなどに目を向けてみると、教育ビジネスのマーケット規模が縮小される中でも新たな価値を創造することは可能です。

要するに、すでに起こった未来とタイムラグを活用して未来の機会を創造できるか否か、これこそマネジメントの腕、トップマネジメントの能力であると考えられます。

セルフマネジメント

白珍尚イメージ3
海やプールに入った経験がない人に言葉だけで水泳を教えることは、極めて難しいことです。
同様に、組織に属したことも、マネジメントをされたことも、マネジメントをした経験もない学生に教室での講義だけでマネジメントを教えることも、極めて難しく、日々教壇で悩みます。

マネジメントの教育においては、マネジメントを通じて成果をあげるという成功体験を重ねることが効果的な方法ではないかと考えています。2~3年先の就職活動という「すでに起こった未来」を把握し、それまでの学生生活というタイムラグにおいて、自らが目標を設定し、限られた時間とエネルギーを管理しながら努力を重ねるセルフマネジメントによって具体的な成果をあげる成功体験を繰り返すことこそ、社会と経済の発展に貢献する未来のビジネスリーダーへと成長していくことにつながると信じています。
学生たちには常に資格試験にチャレンジすることを強く勧めています。難易度が高い資格試験ではないものの、一人ひとりの学生が夢と目標に日付を入れて、1日24時間という限られた資源を授業や部活やアルバイトなどに配分しながら自らをマネジメントし、資格を取得するという成功体験ができるだけでなく、理想とする自分、企業に求められる人材に少しずつ成長していくことが実感できるためです。
その結果、Microsoft Office Expert(上級)認定、秘書技能検定2級、リテールマーケティング(販売士)2級、マーケテイング・ビジネス実務検定B級、貿易実務検定B級、ITパスポート、証券外務員第Ⅰ種、内部管理責任者など、ゼミナールの4年生全員が約1年半という短い期間中に10以上の資格を取得して複数の企業様から就職内定をいただいています。
これら一つひとつの資格を取得しているという結果より、一人ひとりの学生が自らの目標を設定してチャレンジする、目標を達成するために努力を重ねて成し遂げる、自らをマーケティングし、自らをイノベーションし、自らをマネジメントして成果をあげ続けてきたプロセスが高く評価されているのでしょう。

Integrity(高潔な品性、真摯さ、誠実さ)

『現代の経営』(1954年)や『マネジメント:課題・責任・実践』(1974年)など無数の名著を残し、ビジネスとは何か、ビジネスの目的、何をマネジメントしなければならないか、どのようにマネジメントするか、マネジメントという仕事を担当するマネジャーや経営者が何をすべきかなどを示して「マネジメントを発明した」「マネジメントの父」として高く評価されているドラッカーも未来志向の考え方を持っていただろうと考えます。

現在の経営者が行わなければならない仕事の一つとして、次のマネジャー、後継者、未来の経営者を育成することが挙げられています。スティーブ・ジョブズなどのような優秀かつ天才的な経営者であっても永遠に経営者であり続けることはできませんが、社会的資源を委ねられている企業という組織は存続していかなければならず、現在の経営者には未来の経営者を育成するという仕事が不可欠なのです。

ドラッカーは、未来のマネジメントを担当する未来の経営者、未来のマネジャーを選ぶ際に重視すべきマネジメントの資質(リーダーの資質)として、「Integrity(高潔な品性、真摯さ、誠実さ)」を挙げています。
Integrityは教育水準や試験結果などで評価することができません。また売上高や利益などで評価することもできません。高度の教育を受けて専門的な知識やスキルを身に付けている人材、豊富な経験と素晴らしい成果をあげている人材も多くいるし、さらに高度な教育を受けさせ、さらに豊富な経験をさせることはできますが、その人の仕事や意識決定や行動からにじみ出るIntegrityは短時間の教育や訓練などを通じて簡単に身に付けられるものではありません。
チャレンジ精神、自主性、積極性、マネジメント能力、そしてマネジメントの資質は、日常的な行動から身に付けられるスキルであり、習慣であり、姿勢であり、態度なのです。一日一日という毎日と、毎日毎日という日常を大切に生きる中で、多様な人と接し、さまざまな事象に感動を受けながら、正しい行いを積み重ねてIntegrity(高潔な品性、真摯さ、誠実さ)を身に付けていくのです。

売上や利益のために、消費者や社会に悪影響を与えることを知っていながらも産地偽装などの意思決定をしてしまうのは、知識やスキルや経験が不足しているためではありません。悪事であると知っていながらも販売することを意思決定してしまった経営者の人間性、正しくないことであると知っていながらも正すことを諦めてしまったマネジメントの資質の問題なのです。
#亜大の研究
当サイトではCookieを使用します。Cookieの使用に関する詳細は 「クッキーポリシー」 をご覧ください。
同意する
拒否する