面白くなければ学問じゃない!No.4

労働力希少社会
不足ではなく「希少」と呼ぼう

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#亜大の研究
権丈 英子 教授
経済学部 経済学科
2023.12.01
企画シリーズ「面白くなければ学問じゃない!」では、亜細亜大学の教員陣の研究内容やエピソードを紹介します。第4回目の特集は、経済学部 経済学科 権丈 英子 教授です。
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労働力希少社会とは?

労働力希少社会とは聞き慣れない言葉かもしれません。多くの人は、労働力が不足すると困ったことが起こると考えますよね。「不足」という言葉には、はじめから、悪いこと、困ったことというニュアンスが含まれています。
 
でも、この国でここ20年以上続いてきた困ったことは、賃金が上がらないということでした。その理由の多くは、賃金を上げなくても、企業が必要とする労働力を確保できたという側面にありました。確かに、1995年から2022年までに15~64歳の生産年齢人口は、1,300万人近く減少しました。これは1995年の就業者数の約2割に相当します。ところが、従来あまり働いてこなかった高齢者や女性の就業者数が増えて、この間に全体の就業者数はむしろ増加しています。増えた労働力の多くは低い賃金で働く、いわゆる非正規雇用の人々でした。
 
そして、今や日本の女性の就業率は、他の先進国と比べても遜色ないほどに高くなっています。加えて、65〜74歳までの、いわゆる前期高齢期の人たちも減少し始めたところです。就業者数をこれ以上増やすのはそろそろ限界にきています。つまり、労働力が豊富だった社会が、いよいよ希少な社会になるという転換点に今はあるわけです。

私たちの生活はどうなるの?

次の図を見てください。
図労働力希少社会の図出所:権丈英子教授作成
ここ20年ほどは、WLという比較的低い賃金で企業が求める(需要する)労働力を企業が確保できていました。そのことを「WLの賃金で雇うことができる労働の供給曲線」という、WLの賃金から水平になる直線で描いています。しかし、先にも述べたように、ここ20年間、新しく労働市場に参入してきた女性と高齢者という人たちは、これからは減少していくことになります。これを受けて、労働供給曲線は、反時計回りに回転し始めます。

そうなると何が起こるのか。 企業は、これまでよりも高い賃金を支払い、様々な労働条件を魅力的にして、人を雇わなければならなくなります。この現象を、労働力の不足と呼ぶのも間違いではありませんが、私は、労働力希少社会の到来と呼んでいます。

歴史上、働きやすさに関する政策は、労働力の不足感が高まるたびに拡充されてきました。日本に限りません。例えば第一次・第二次世界大戦下では男性が兵隊に取られたため、欧米でも女性の社会進出が進みました。好景気で労働力不足になった時も同様です。女性が働くことを後押しする施策もそうした時期に進むことが多くありました。

働き方改革は、
労働力希少社会へのパラダイムシフト

権丈 英子イメージ1
2023年のノーベル経済学賞(正式には、「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」)の受賞が決まったクローディア・ゴールディン氏は、アメリカを中心とした長期間にわたる女性労働や男女間賃金格差に関する研究に取り組まれてきました。そして、キャリアと家庭の両方を望む女性が増えてきていること、その希望を実現するカギとなるのが、働き方の柔軟性であることを述べています。

日本ではここ数年、働き方改革に関連する法律が次々と施行されています。働き方改革というと、長時間労働の是正が注目されることが多いのですが、加えて、正規雇用と非正規雇用の不合理な待遇差の解消や、女性活躍推進、高齢者の就労促進、そして最低賃金の引き上げなど、様々な改革が進められています。

労働力を供給できる人たちの減少が避けられない今後は、労働市場での需要と供給のバランス上、働く人たちの交渉力(バーゲニング・パワー)が高まっていきます。多くの人々に雇用の場を確保することを重視する“量”の問題から、働いてもらうために魅力的な職場にし、より高い付加価値を生むようにという“質”の問題へと政策をシフトせざるを得なくなってきたのです。

労働力希少社会に直面する日本は今、大きなパラダイムシフト、これまで当たり前だと考えられていた考え方、思想の転換に向かっているとも言えます。経済の縮小といったマイナス要因ではなく、誰もが満足できる働き方、新たな付加価値を生む工夫が、経営者をはじめみんなに求められる経済環境への入り口に、私たちは立っていると考えてほしいと思います。

自由な働き方を
選択できる豊かな社会へ

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働き方の柔軟性に関連して、“オランダの奇跡”についてお話ししておきます。

オランダは、以前私が研究生活を送っていたところですが、歴史的背景もありかつては日本よりも専業主婦比率が高いなど、男女の役割分業が明確にみられ、保守的な特徴を強く持っていた国でした。

ところが、オイルショック後に“オランダ病”とも言われた深刻な経済危機に直面し、政府や労使は労働環境の大幅な見直しに取り組みます。柔軟な働き方を認め、正社員が短時間で働くことができるなどの法整備も行うことで、2000年頃には性別や年齢を問わずライフステージにおいて、自ら希望する形で労働時間の長さを調整しながら活躍できる労働市場に変えていきました。いわゆる、「労働時間選択の自由」が確保された社会を準備した結果、経済は大きなV字回復を果たし、今度は“オランダの奇跡”と呼ばれたりしました。

また、コロナ禍を経て、リモートワーク(テレワーク)も世界各国で定着してきました。思っていた以上に多くの業務において出社しなくても仕事ができることを、世界中が実感したわけです。

オランダでは、すでに2000年代のはじめに労使レベルでテレワークを推進する動きがありました。2016年には、働く場所の変更を申請する権利も認められるようになりました。この権利は、コロナ禍を経た2022年には、働く場所を変更する権利へと強められ、「就業場所選択の自由」の保障へと向かっています。20年ほど前、労使が揃ってテレワークを推進している動きを知ったとき私は驚きましたが、世界的にコロナ禍を経験した今にしてみると、社会の趨勢の先頭をいっていたということも言えそうです。

日本でも、働き方改革が進められ、働く時間と場所を労働者自らが選択できる制度を導入する企業も少しずつ増えています。今私たちがその入り口に立っている労働力希少社会では、働く側の交渉力も高くなって働き方の自由度も増していくことでしょう。

もちろん、医療や介護などの対人サービスでは「就業場所選択の自由」を保障することは難しいと思います。しかし、そうしたサービス領域ではないマンパワーをDX等も大いに活用して節約し、より多くの人たちに、人びとのQOLを高めるために必須なエッセンシャルワークに携わってもらう視点も、この国の未来を考える際には大切なことになります。労働経済と社会保障の両方を専門にしているのはそうした理由もあります。

今、本学の学生をはじめとした若い人たちは、これからの日本経済に不安を感じていることも多いようです。でも、プラスの面もみてほしいと思います。私たちの社会は、経済状況やその時々の人々の声、企業や政府の努力によって、少しずつ、明るい方向へと動かすことができます。

みなさんが生きていくことになる労働力希少社会――より魅力的でみんなが明るく笑顔になれる社会にしていくために、みなさんにも学び、考えてもらいたいと思いますし、私もみなさんとともに、考えていきたいと思っています。
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