入学式祝辞
平成22年4月1日(2010年)
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。亜細亜大学は皆さんを心から歓迎いたします。
本日、入学された亜細亜大学大学院、亜細亜大学、亜細亜大学短期大学部、ならびに留学生別科の新入生は、合わせて一九四八名になります。そのうち、留学生は一七カ国・地域の一九五名にのぼります。このように多くの希望に満ちた新入生を全国、そして世界各国からお迎えすることができたことは、誠にうれしく、喜びに堪えません。また、本日まで長きに亘って新入生諸君を育てられ、励まし、支えてこられましたご父母やご家族の皆様も、お喜びひとしおのことと存じます。心からお祝い申し上げます。
新入生の皆さんは今日から本学の学生です。そこで、これからの学生生活を送るにあたって、皆さんに二つほど、私の希望を申し上げたいと思います。
第一は、亜細亜大学をなるべく早く知り、学園生活を有意義に送って欲しいという事です。皆さんは人生でもっとも貴重な青春時代の二年間ないし四年間、あるいは所定の期間を本学で過ごされます。この期間は、将来の志望進路に対する準備期間であると同時に、大学を生活の基本とする人生の中の一期間でもあります。幸せで充実した期間であって欲しいと願っています。将来への準備期間であることと、現在が幸せであることは全く矛盾しません。目的のない人生はあり得ませんし、その目的に向かうための現在の生活は有意義なものであり、また、それら目標や目的に一歩一歩近づくことは実に楽しく充実した生活となります。
しかも、学業は楽しいものです。それを実感するのは、獲得した知識が応用できたときでしょう。孔子の『論語』の冒頭に「学びて時にこれを習う、亦た説(よろこ)ばしからずや」とあります。学ぶことにより理解出来たから嬉しく、学んだことが利用できるから嬉しいということでしょう。それとも楽しみながら学ぶ、これも正しいでしょう。諸君はこれから、大学で多くのことを学ぶことになります。世の常かもしれませんが、私ども先達からの助言としては、学べるうちに学んでおくべきだということです。あのとき学んでおけば良かったという後悔は、われら先達が痛感するところです。いま思えば、学ぶのは実に楽しいことでした。今も学び続けていますが、学ぶ時間は僅かしかとれません。たっぷり時間が取れた学生時代に戻れたらと思います。役に立つからという理由もあるでしょうが、学ぶこと自体が楽しいのです。だから人は一生学び続けます。わずかな時間を割いても学び続けます。孔子は、「之を知る者はこれを好む者に如かず。之を好む者はこれを楽しむ者に如かず」と言っています。好きであればこそ知りたいだろうし、さらに、楽しければ、好きになり、知りたくなるだろうということです。早く、学ぶことの楽しさを知ってください。
同じ『論語』に、「孔子は四つを以て教育した。文行忠信。」とあります。「文行忠信」。文は文章の文、つまり学業であり、行は行動の行、つまり実践であり、忠は忠誠の忠、つまり誠実であり、信は信頼の信、つまり信義です。近頃、あまり言及されることはありませんが、『論語』の中で最も簡潔で本質的な四文字でしょう。 大学は総合的に人間を高めるところです。知識や技能を修得するばかりでなく、修得した知識や技能を活用し何を、どのように考えるのかをも、学ばなければなりません。また、良き友人を得て、協力して何かをやり抜く力やコミュニケーション能力も養わなければなりませんし、疑問や問題に積極的に取り組む姿勢も養わなければなりません。もちろん、教室だけでこれら全てを学ぶことはできません。クラブやサークル、あるいはゼミナールやインターンシップ実習などに参加することで自然と養われます。これらのいろいろな学習の機会に積極的に参加して下さい。これら全体として、さきほどの『論語』の言葉、「文行忠信」、つまり、知識、行動、心や態度の全てが養われ、人間的に成長し、魅力的な人物となります。いま、社会が必要とするのは、あるいは企業が必要とするのは、このような総合的な能力を備えた魅力的な人材です。学園生活を謳歌することが出発点です。
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第二は、早く自立して欲しいと言うことです。半年ほど前だったでしょうか。AUAP、五ヶ月間のアメリカ派遣留学プログラムのことですが、このAUAPから帰国した学生の父親が私にしみじみと語ってくれました。「学長、私の息子がね。AUAPから帰ってから、親の言うことを真っ正面から受け止めて聞いてくれるようになったんですよ。いろいろと本音で語り合えるようになりました」。まさに、この親子に祝福あれ、です。この学生はこのとき、真に成人となりました。この学生は間違いなく、これから自立して、学び、経験し、自分の道を切り拓いていくことでしょう。親として、子供が独り立ちできることほど嬉しいことはありません。
この学生は、五ヶ月間アメリカで過ごし、家族と離れることで、家族の意味を考え、家族の大切さを知ったに違いありません。友人の大切さも学んだものと思います。自立とは一人で居ること、あるいは一人で居られることとは違います。家族、あるいは大切な人から精神的に支えられ、あるいは守られていることを確信し、それらの人を守るために勇気をもって行動することを言います。自立とは、そのために何を為すべきかを知り、具体的にどのような行動をするかです。
この学生はあるいはAUAPに参加しなくても成人したのかもしれません。大学というところは、これまでの学習内容や学習環境と随分異なっています。学習する内容においても、その他の行動においても、これまでよりも随分自由度があります。それだけに、自主性を持って自分をしっかり見つめ、何をしたいのかを見定めなければ、周囲に流されてしまいます。皆さんは携帯電話依存症になっていないでしょうか。つまり、携帯電話がないと不安ということはないでしょうか。その場の雰囲気を読むことや周囲に気を遣ったりし過ぎていないでしょうか。携帯電話は便利ですし、周囲への気遣いは必要ですが、自立精神をもって考え、行動してください。
将来の志望進路を明確に持って入学された諸君は、その目標に向かってさらに前進して下さい。他方、近年、無目的に、あるいは目的意識を持たずに大学に入学してくる学生が多いとよく言われます。無目的、あるいは自分探しをし続けている諸君を含め、全ての諸君に言えることですが、これからは標準的な生き方はなくなる時代です。たとえば、これからの日本の社会や経済はさらにサービス分野が拡大していきます。サービス産業は国内総生産の約六割、就業者の約七割を占めています。大雑把に言えば、サービス分野には、物づくりを除くほとんど全ての経済活動が含まれ、非常に多様で、標準的な労働形態はありません。一人一人働く形態は異なるといっても良いほどです。人の物真似ではすまないということです。
企業での労働であれ、社会活動であれ、全ての活動について、それまでの先輩のやって来たことを乗り越えるだけの技能や能力をもって自分流を模索していかなければなりません。つまり、一人一人が自分で働き方や生き方について、自己を確立した上での自分流を確立していかなければなりません。
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先日、新聞にある記事が載っていましたのでご紹介します。一九八三年度に本学を卒業し商社マンになった武辺寛則(たけべひろのり)君のことです。その後、彼は青年海外協力隊に加わり、一九八六年にアフリカのガーナに隊員として赴任しました。任務は電気や水道水がなく、自給自足に近い村民三〇〇人ほどの集落の開発でした。彼がこの未開発の土地に適するものとして思案したのはパイナップルの栽培や販売でした。そして、それが生育するまでの現金収入として養鶏を考えました。一九八九年二月二五日早朝、隣町にひよこを仕入れに村民五人と小型トラックで出発しましたが、車が三横転する事故により、彼は即死しました。しかし彼の残したパイナップル栽培は欧州にも輸出されるほどの村の主要産業にまで成長しています。今般、皇太子殿下がこのガーナを訪問された折には、活動中に死亡した四人の青年海外協力隊員の慰霊碑に献花されました。彼は生前、「意志のあるところ、道は通じる」という文章を書き残しています。
本学の建学精神は「自助協力」です。自分自身に課題を課し、自分に厳しくあれということです。強い意志こそが自ずと道を切り拓きます。そして、自己に厳しくあることが他者に優しくなります。卒業生の武辺君は自分に任務を課し、アフリカの人々へ、惜しみない協力精神で愛情を注ぎました。彼は、まさしく本学の建学精神である「自助協力」を実践したと言えます。
以上、有意義で充実した学園生活を送って欲しいということ、早く自己を確立し、自立して欲しいという二つのことを述べました。皆さんにとって、大学の施設も友人も教職員もまだ不案内です。学ぶべきことも当然不案内でしょう。しかし、皆さんが自主的に周囲に働きかければ、大学には無尽蔵の施設や知識、資源があります。気軽になんでも教員や職員に話しかけ、相談してください。しかも、皆さん直ぐに気付くと思いますが、先輩も気持ちよく相談にのってくれます。
大学は、皆さんが総合的に成長していく場です。亜細亜大学で過ごす期間は決して短くはありません。よく語り合って、各自の夢を育み、努力すればその夢が叶う期間です。皆さんが、大いに学び、大いに学園生活を謳歌することを願って、私のお祝いの言葉とさせていただきます。