2010.5.25

「海外をしっかりと見て欲しい」

<2010年6月25日号>

 少し前までは、日本からアジア諸国への企業進出と部品輸出、そこからアメリカへの完成品輸出という貿易・投資パターンだったが、いまやアジア地域からの完成品の輸出先もアジア地域となっている。日本からみて中国の経済的意味が生産基地から消費市場に変わりつつあると言われたのはたかだか5、6年ほど前だったと思うが、その後、中国からの観光者受入が大幅に緩和され、秋葉原あたりで多額な買い物をしていたが、今では銀座や渋谷の高級デパートで買い物をしている。もっとも、80年代の日本人の海外旅行もそうだった。

 それよりも更に前、安かろう悪かろうとアメリカあたりから揶揄されていた日本製品はしっかりとは実力を付け、アメリカ人が気が付いたときには、日本製品の品質が上回っていた。そんなわけは無かろう、官民一体の日本株式会社が不公正貿易を行っているのでは、という経済的実力に関する両国のパーセプション・ギャップ(認識の違い)が、ジャパン・バッシングにまで進んだ。かつての韓国、あるいは現在の中国はそれ以上の速度で経済的実力を付けており、日中韓間のパーセプション・ギャップやバッシングが醸成される可能性はより高いかもしれない。  

 日本がそのような実力を付けたのは、60年代における工学系大学・学生の大量増設・養成と、終身雇用制などにより技術者を安価に活用できたことによる。まさに、そのことが現在の中国で起きつつある。日本の10倍近くの大学生がおり、留学志向も強い。他方、日本の米国への留学生数は1990年台後半から2000年台初めまでは概ね4万5千人以上、ピークは4万7千人いたものが、2008年には3万人を割り込んだ。

 地方大学では学生定員割れが深刻であるが、少子化の一服と進学率上昇で、むしろ東京圏の大学は志願者増にある。少子化の再開と進学率が天井に張り付いた後、地方の深刻な状況はいずれ東京圏にも波及する。また、そのころの日本経済の状況はかつてのアメリカと同様になりかねない。窮した日本に、アジア地域の各方面での実力に対してパーセプション・ギャップやバッシングが生まれるのだろうか。裏付けのない自信や必要以上の不安は弊害この上ない。最近、ガラパゴス化がいろいろな場面で言われる。今後さらに世界との関わりが深くなる日本人諸君には、是非海外をしっかりと見て欲しい。