2010.4.25

「若い世代の活躍に期待」

<2010年4月25日号>

 年度の変わり目の諸行事も過ぎ、新学期が始まった。入学式では新入生の顔を見ながら、やれると感じた。初々しくも頼もしそうだとか、何としても新入生を立派に育ててみせるという気持ちが渾然とした感じである。同じような印象は他の教職員も持ったに違いない。
 
 他方、卒業式については、一部の卒業生の就職が決まらず、何とも悔しかった。2月1日時点の就職内定率は全国データで80%でしかない。本学は全国平均よりも高い就職内定率を達成しているし、年度末には90%に達しているのだが、それでも就職希望者の約1割が、就職が決まらないまま大学を去った。否が応でも、これからの日本を背負っていくことになるにも拘わらず、日本経済の逆風をまともに受けているのが、これら若者である。
 
 日本経済を元気にするひとつは消費需要であり、その大きな担い手が、所得の大きな割合を消費する若者である。その若者が生活防衛のためにゆとりがあれば貯蓄すると言う。若者の消費の中には無駄な買い物もあろうが、そのことも含めて、あらゆる経験がより大きく成長するための肥やしである。投資が全て効果的というわけではない。次世代の発展を担う新しい感性や精神を育てるには多少の無駄が付きものである。このままでは、世界に通用するような感性も、そこから生まれる技術革新や経営革新も創造しがたい。年長者からすれば、ときに苦々しく思えるほどの創造的破壊が、結局は次の発展に繋がる。発展とはそのようなものだと思う。年長者が知らず知らずに草食系にさせてしまったのではないか。それとも、分かっていても、どうにもならない法則性のようなものであろうか。
 
 週に1、2日働けばよかったかつてのローマ帝国市民の末路は避けきれなかったのかもしれない。パクス・ブリタニカもパクス・アメリカーナも、国内資金のだぶつきと国内の収益率や利率の低下が、海外での有利な投資機会や利率を求めて資金の流出をもたらし、国内投資や国内産業の活力を低迷させ、崩壊したというのが教科書的説明である。いまでは、国内の価格競争で優位に立つために、あるいは国際競争力維持のために、雇用や工場立地、さらには市場まで海外に求める経路も加わろう。何れにせよ、国内資金がだぶつくほど豊かであったとしても、豊かさが没落の直接的な理由でなはなく、豊かさによる現状享楽的な姿勢が理由である。日本経済や日本社会が活力と魅力に満ち、資金を国外に逃がさないように出来るのだろうか。若い世代の活躍に期待したい。