大学紹介

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感謝の気持ちを力に変えて

 ―プロ野球審判員を目指す―

郡司 真里(GUNJI Masato)
国際関係学部 国際関係学科 4年


この春、郡司真里君は日本野球機構(NPB)の研修審判員として、プロ野球審判員への門を叩きます。

郡司君は小学2年生から野球を始め、千葉ロッテマリーンズの選抜メンバーとしてNPB12球団ジュニアトーナメント出場や、中学時代には佐倉リトルシニアで全国大会出場、高校時代も千葉県内の強豪校で県大会準優勝など、選手として輝かしい球歴を誇ります。

その一方で、高校時代の紅白戦で審判を経験したことが、郡司君の将来を大きく決定づけていくものとなります。審判を経験したことで、選手として見てきたものとは全く異なる「野球」の見え方があることに気づき、審判員に興味を抱きました。

大学では軟式野球部に所属し、選手として活動するかたわら、審判員としての経験を積むための努力を惜しみませんでした。大学野球連盟や自宅近郊のリトルシニアなど、いくつもの組織に自分を売り込み、審判員としての活動を依頼。ほとんどの組織から断られてしまうなか、唯一受け入れてくれた小金井リトルシニアで経験値を高めていきました。さらに大学3年次からは活動の幅を広げ、東京都高校野球連盟でも活躍。プライベートも時間を見つけては関東近郊で開催されるプロ野球2軍の試合を観戦。審判の動きを解説するメカニクス本を片手に、ひたすら審判の動きを勉強する日々を送りました。

迎えた大学4年次、NPBプロ野球審判員という明確な目標に向けて、まずは6月の書類選考を通過、その後は12月に行われた第5回NPBアンパイア・スクール(1次試験)、2月のNPB球団春季キャンプ参加(2次試験)も見事に突破し、研修審判員の座をつかみとりました。書類選考の応募者約150人から、研修審判員として合格したのはたった3人という、狭き門でした。

「審判員になるために、誰よりも早い段階から準備をしてきたことが合格につながった」と郡司君は語ります。

晴れて研修審判員としてのスタートを迎える郡司君。しかし、ここからプロ野球審判員になるためには、まだまだ険しい道のりが続きます。研修審判員として1年間活動し、実力が認められれば育成審判員に。さらにその後3年以内にプロ野球審判員に昇格しなければなりません。

「厳しい世界で一年一年が勝負ですが、まずは自分の入りたい世界のスタートラインに立つことができました。これまでお世話になった方々のためにも、感謝の気持ちを力に変えて、野球審判のプロとして1年でも長くやっていきたいです」と今後の抱負を語りました。

〈2018年2月23日更新〉