戻るルーズさで負けて

『なんでも見てやろう』の小田実は米国留学試験の面接を、相手を煙に巻くような答えで突破したそうな。私も学生時代、某財団の奨学生としてメキシコに留学したが、その試験の面接で「メキシコのようなルーズな国に行って大丈夫ですか」というような質問を受け、「私もルーズですので合っていると思います」と答え、笑いを誘った。それで合格したのかも知れない。

行ってみると彼国のルーズさは私などの及びもつかないスケールであった。2年少々滞在したが、1年経ったところで、ほとほと嫌になった。私の負けであった。それでも居続けたら段々あの国に取り憑かれ、留学を終える頃には帰国したくないと思うようになっていた。あれから30年以上になる今でも、メキシコ中毒はそのままである。一旦は否定的になった挙句のことだから、弁証法的にメキシコを理解した?

現地でビザの更新をしたが、1年分のビザをもらうのに1年以上かかった。「ビザ更新中」ということで、居住には差し支えなかったが、留学生仲間が会うと「ビザ来たか?」が挨拶代りだった。過ぎた期間のビザが届いた時には、「ここはメキシコだ」と笑えるようになっていた。(因みに、世界の生活ペースについてのある研究結果によると、調査対象31ヶ国中、生活ペースの最下位、即ち最もゆっくりなのはメキシコであった。1位はスイス、日本は4位。)「グローバルって何だ?」とは思うが、少なくともメキシコ留学によって私がより非グローバル的になったということはなかったのではないか。

ついでながら、メキシコは私にとって最初の外国であったが、その滞在中、陸路米国に渡った。当時(1978年)メキシコは日本の援助対象国であった。そのぐらいの発展段階の国での生活に慣れた目で世界一の先進国を初めて見た時の、その落差の大きさへの驚きたるや…。「日本はよくこんな国と戦争したものだ」がその時の率直な思いである。少なくともあの忌まわしい戦争を始めた為政者は、それなりにインテリだったと思うが、彼らの“グローバル度”は如何ばかりであったろうか。

(冒頭で紹介した小田実(おだまこと)『何でも見てやろう』は一時代以上前の話ではあるが、これから留学しようという人、グローバルについて考えようという人には一読をお勧めしたい。)

 

中野 達司(国際関係学部 多文化コミュニケーション学科 教授)

〈2015年12月10日更新〉