戻る武蔵野地域五大学共同講演会 最終回を本学で開催しました

武蔵野市と武蔵野地域の五大学(亜細亜大学・日本獣医生命科学大学・成蹊大学・東京女子大学・武蔵野大学)が連携して生涯学習の機会を提供する「武蔵野五大学」の共同講演会最終回が11月6日、本学で開催され、およそ90人が聴講しました。

大島正克学長のあいさつの後、大山岩根本学経営学部准教授が講演を行いました。テーマは「日本人と中国文学のつながりについて考える―新元号と「武蔵野八景碑」を中心に―」。出典を含め大きな話題になった新元号「令和」と、昨年武蔵野市の文化財となった「武蔵野八景碑」、この2つのトピックが取り上げられました。

<新元号「令和」について>
令和の典拠となった『万葉集』の「梅花歌三十二首」序文は中国の古典『文選』所収の張衡の詩「帰田賦」に基づくものでした。大山准教授はこれを出典、文体、内容の3つの視点から説明。「唐代の科挙*においては詩や賦の制作が課されており、『文選』所収の作品に基づく出題もされていたため、いわば参考書として『文選』が重視され流行しました。当時の『文選』ブームが日本人にも影響を与え、『万葉集』や『枕草子』などの文学に反映されたのではないでしょうか」と述べました。

<「武蔵野八景碑」について>
「武蔵野八景碑」は、明治三十二年、甲武鉄道境停車場(現JR中央線武蔵境駅)開業十周年にあたり、境村一体の興隆を祈念し建立されたもので、昨年7月、武蔵野市文化財に指定されました。「八景」とは中国の風景評価の一様式のこと。日本の実業家・南尚が作成した「武蔵野八景」の特徴について、「『武蔵野』の地名を反復していることから、武蔵境駅一帯を武蔵野の中心と印象付ける意図があったのでは」と考察し、「プロの漢詩人ではなかった南尚ですが、作品を見ると当時の日本人の知的水準の高さが伺えます。のちに漢詩文化は廃れていきますが、漢字文化圏の人たちに武蔵野八景のすばらしさを共有したかったのでしょう」と解説しました。


* 科挙:中国で行われていた官吏の採用試験のこと。

<2019年11月06日 17時00分>