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犯罪から人を、自分を守る
「法」を出発点に、
「正しさ」について考えよう


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#亜大の研究
檀上弘文教授
法学部 法律学科
2024.10.01
シリーズ企画「面白くなければ学問じゃない!」では、亜細亜大学の教員陣の研究内容やエピソードを紹介します。第10回の特集は、法学部 法律学科 檀上弘文教授です。
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アメリカ文化に憧れた大学生が「刑法」を学び直した理由

高校生の頃から英語が好きで、米国文化に関心がありました。そこで大学は文学部で英米文学を専攻。2年生の夏休みに大学の短期留学制度を利用して米国ミネソタ州にあるリベラルアーツの名門校「カールトン・カレッジ」に留学しました。それは私にとって初めての海外渡航でした。留学中は米国の文化史以外に政治史や合衆国憲法についての講義も受講し、いずれもたいへん興味深い内容でした。
 帰国後、大学では文学とアメリカ史の2分野に関心を持って学び、卒業論文では19世紀の作家ヘンリー・デイヴィッド・ソローを取り上げました。ソローは自然豊かな湖の畔での自給自足の暮らしを描いた『森の生活』の著者で、思想家・ナチュラリストとしても知られています。大量生産・消費社会への鋭い洞察で、現在の環境問題に通じる指摘を行った先駆者でもあり、私は彼の持つ文明社会への批評眼に魅力を感じていました。
 その頃一時は「マスメディアで権力を監視するドキュメンタリー番組を作ってみたい」という夢を抱いたこともありました。しかし、すぐ自分には社会の不公正や公権力の横暴と戦うためのツールが足りないと気付きました。そこで思い浮かんだのは他学部科目履修制度を利用して学んだ法学部の「刑法」の講義です。講義内容も面白かったですし、公正な社会を実現する「法」を自分が世の中で仕事をしていく上での大きなよりどころにしたいと思い至りました。そこで文学部卒業後、学士入学で同じ大学の法学部に入学し、そのまま大学院修士・博士課程まで主に「刑事訴訟法」に関する研究に取り組みました。

海上という国境地帯の治安は「法」による理論武装で守る

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博士課程を終えた後、先輩から募集があると聞いたことをきっかけに「海上保安大学校」で刑事訴訟法の授業を担当する教官になりました。海上保安官とは「海の警察官」の任務を帯びた国家公務員(国土交通省外局海上保安庁)で、海上保安大学校では幹部職員を育成する教育を行っています。航海、機関、通信などはOBが教育にあたりますが、法律に関しては私のような一般の大学研究者などが教鞭を取ることがあります。
海上保安大学校では幹部候補生たちに刑事訴訟法に関する講義を行う一方で、海上保安官の方々が日々直面している海上犯罪や国境・領海警備の課題に関する研究にも取り組みました。
わが国領海での海上保安官の職務には多大な苦労があります。日本は領土面積こそ約38万平方㎞(世界61位)と広くはありませんが、領海と漁業や天然資源採掘などができる排他的経済水域(EEZ)の面積があわせて領土の約12倍で世界第6位の広さ。海岸線の長さは実に約3万5000㎞にもおよびます。
四方を海で囲まれているわが国にとって、海上は貿易運輸のための重要な交通路であり、一方で周辺各国との国境でもあります。陸上でも同様ですが、国境付近は密輸・密航・密漁をはじめさまざまな犯罪行為、あるいはテロが行われやすい場所です。近年は沖縄県の尖閣諸島周辺の日本のEEZ内で中国漁船が違法操業したり、中国の調査船が海洋調査の名目で水面に浮かぶブイを設置したりもしています。
こうした政治的にもきわめて難しい不法行為を取り締まる国境・領海警備の任務を帯びているのが海上保安官です。その任務を果たすためには、いわゆる武器だけではなく「法」による理論武装も欠かすことができません。私は彼らがそうした任務を正しく遂行するための刑事訴訟法などの授業を担当していました。

日本近海だけではなく、遠い異国でも法の執行を行う海上保安官

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海上保安大学校教官時代には、日本の国際協力機構(JICA)が支援しているフィリピンのコーストガード(沿岸警備隊)を訪れたこともありました。フィリピンとわが国の海上保安庁は東南アジア海域で発生する(マラッカ海峡などで頻発する)海賊対策のために連携しています。
この海域の海賊による犯罪行為としては、1999年10月、インドネシアの港から日本に向けて出港したパナマ籍貨物船アロンドラ・レインボー号の事件が有名です。海賊は乗組員を救命用ゴムボートで海に放り出し、船体ごと奪いさるという凶悪な事件でした。幸いにもゴムボートで漂流していた乗組員はタイのプーケット沖で漁船に全員無事救助され、アロンドラ・レインボー号はインドの沿岸警備隊によって捕捉。この事件を契機に海上保安庁とインド沿岸警備隊との関係構築も進んでいます。
日本にとっても交易上大変重要なこの海域の安全な航行を周辺国と連携して守っていくことはわが国の国益にもつながります。そのため周辺国とは海賊対策に関する会議や情報交換、また海賊対策連携訓練なども行っています。
アフリカ大陸とアラビア半島にはさまれたアデン湾・ソマリア沖で発生する海賊問題が国際社会で長らく問題となっています。各国が現地に海賊対策部隊を派遣しており、タンカーなどが襲われている日本も海上自衛隊の海賊対策部隊を派遣しています。この自衛隊部隊の護衛艦に海上保安官が同乗していることはご存じでしょうか? 自衛官は司法警察権を有していないので、海賊の逮捕など司法手続は海上保安官が行っているのです。これは意外と知られていない事実かもしれません。

テクノロジーが進化する時代、「正しさ」を判断する力がますます重要となる

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海上保安大学校教官を務めながら、国境地帯であり、他国民も関わる海上警備の現場の過酷さや不本意さを私はつくづく思い知ることになりました。たとえば明らかに目の前で違法行為が行われていたにもかかわらず、そこに「国際問題」の観点や「政治的判断」が加わって「法理論的」な結論とは異なった判断が下されてしまうというつらさを味わうことがあります。
海上保安官の方々は時としてそうした苦渋を胸に秘めながら、日々、過酷な現場で奮闘を続けています。あくまでも自分たちはわが国が定める法の正義を貫きながら……。これからの日本を担う若い世代の方々にもそうした現実があることを知っていただきたいと思います。同時に法治国家ではあくまでも法に定められた手続と手順に従って犯罪が裁かれなければならないということを、あらためて深く考えてほしいと思っています。
そして私が大学生に求めるのは、まさに何が正しいのかを自分で調べて、考え、自信を持って判断を下せる人間になってほしいということです。またいくら正しい主張だとしても法の執行においては正しい「手続」を踏まなければその「正しさ」は認められません。私が担当する科目「刑事訴訟法」では、法律の知識を通して、裁判だけでなく、それぞれが社会生活を営む中で正しい手続を踏むことの重要性を伝え、さらに対立する双方の言い分にきちんと耳を傾け、公平な判断を下す意識を持ってもらいたいと願いながら講義を行っています。
今後AI(人工知能)など最先端のテクノロジーが犯罪捜査に生かされる時代が来るでしょう。もしかしたら裁判でAIが判決を言い渡すようになるかもしれません。しかし現状の法律は、たとえばGPSを使った捜査など、いまや当たり前になった技術にすら十分対応しているとは言えません。最新テクノロジーと法律の「すき間」から犯罪者を逃がしてしまう可能性があるのです。他方で、この「すき間」から被害者・弱者を救うことができるのは裁判における「何が正しいか」を追求しようとする人間の知性と心です。
「何が正しいのか」を突き詰めて考えることこそが人間の知性であり、大学4年間で真に成すべきことではないか……。それが法学部に限らずこれから大学をめざす受験生の皆さんにいちばん伝えたい私のメッセージです。
#亜大の研究
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