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強いリーダーが
民主主義を
後退させる?

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#亜大の研究
川中 豪 教授
国際関係学部 国際関係学科
2026.09.01
シリーズ企画「面白くなければ学問じゃない!」では、亜細亜大学の教員陣の研究内容やエピソードを紹介します。第24回の特集は、国際関係学部 国際関係学科 川中 豪 教授です。
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原点としてのフィリピンの民主化

もともと法律専門職を志望していて、大学では法律学を学んでいたのですが、在学中、友人に誘われてフィリピンでホームステイ体験をしたことから東南アジアの政治に関心を持つようになりました。私が行った頃は独裁体制を敷いていたマルコス大統領が権力の座から放逐された後の民主主義を模索していた時期で、それまで日本しか知らなかった私にとって、フィリピンで過ごした日々は強烈で、新鮮な衝撃を受けました。それが現在の私の原点といえるかもしれません。
私が大学を卒業した1989年頃は、世界が激変していた時期でした。ベルリンの壁が崩壊し、中国では天安門事件が起き、東欧の共産党政権が次々と倒れていきました。
その後、大学院に進学したのですが「現実に事象が起こっている場所でもっと深く知りたい」と感じ、フィリピンの大学に留学しました。フィリピンは民主化してから3年ほど経った頃でしたが、クーデター未遂が何回も繰り返され、授業どころではない時期もありました。そうした状況を目の当たりにして、民主化したのに混乱が続くとはどういうことなんだろうと疑問を感じ、民主主義が安定するにはどうすればいいのかということを考えるようになりました。
日本に戻ってきて修士課程を修了した後は、政府系機関のアジア経済研究所に入り研究員としてのキャリアをスタートさせます。結局、アジア経済研究所には30年在籍することになりました。入所後数年経ってフィリピンに派遣され、フィールドワークを中心にフィリピン政治の実証的な調査を行いました。政治というのは地方の日常的な動きから積み上がっていくのではないかと考え、地方都市を一つ選び、そこに長期間滞在して、選挙の際に候補者の選挙運動に同行したり、市役所に入り浸って職員や訪ねてくる人たちに話を聞いたり、地区ごとのリーダーたちを訪問して聞き取りをしました。実際に地方政治が動いている中に身を置き、あらためて民主主義とはとても複雑で、興味深いと感じました。
 その後もアジア経済研究所での研究活動を中心に、フィリピンの大学で客員研究員として現地の研究者と交流したり、スタンフォード大学での在外研究で最先端の政治学の理論と方法を学んだりし、「東南アジアにおける民主主義の安定」を核とした研究を続けてきました。
 
 

「比較政治学」というアプローチ

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私の専門分野は比較政治学です。比較政治学は、主に国内政治を分析する研究分野で、選挙制度、議会・大統領制などの政治制度の多様な形態を比較したり、民主化プロセスなどの変化を解きほぐしたりしながら、どのような要因で政治のパターンの違いが生まれるのかを探っていきます。東南アジア諸国は地域的に近接しているので類似の現象が多くみられますが、その一方で各国の事情が異なり、それゆえに比較して政治のパターンの違いを生み出す要因を探すのに適した地域だと思います。また、ダイナミックに政治が変動していくことも時系列での比較を可能にしています。そして、何といってもさまざまな事件が起こることが興味を惹きます。こうした私の研究を一般的な読者に向けて出版したのが『競争と秩序―東南アジアにみる民主主義のジレンマ』(白水社、2022年)になります。
米国の政治学者サミュエル・P・ハンティントンの『第三の波―20世紀後半の民主化』(以下、『第三の波』)は、民主化研究の代表的な著作の一つで、私の研究とも大きく関わることから翻訳を手掛けました。ハンティントンは、歴史上、民主主義が世界に広がった時期に三つの大きな波があったとし、とりわけ1974年のポルトガルの革命に始まり、南欧、ラテンアメリカ、アジア、東欧へと連鎖した地球規模の第三の波に光を当てています。
彼が示したのは民主化のメカニズムや移行パターンの一般的な整理ですが、私はこうした一般理論を、東南アジアの政治の現場——選挙戦の熱狂や人々の生々しい行動——と突き合わせて検証してきました。多様な国々を説明する一般理論と、フィールドワークやデータに基づく実証。この両者を行き来しながら、ある国で民主主義がなぜ根付き、あるいは後退して揺らぐのかを解き明かす。これが比較政治学という分野での私の民主主義研究です。

民主主義の後退と「強いリーダー」を求める心理

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ハンティントンは『第三の波』で、民主化の波の後にはそれを押し戻す「揺り戻し」の時期があったと指摘しました。同書の刊行時にはまだ第三の波が進行中で、第三の揺り戻しはあくまで可能性として示唆されたにとどまりましたが、2000年代に入ると、それが現実のものとなります。そして現在、ロシアやトルコ、インドなどでの権力者の権力強化、さらには欧米でのポピュリズムの台頭など、民主主義の後退が世界的な大問題になっています。
かつての「第一の波」「第二の波」の時代には明確な揺り戻し(民主主義の崩壊)がありましたが、現在の新しいタイプの揺り戻しは、明確な崩壊ではなく、ゆっくりと侵食が進む後退です。大統領や首相が権限を徐々に拡大し、一方、司法の権限を制約していくような形で、徐々に民主主義の質が下がっていくのです。
なぜ民主主義が後退してしまうのか。理由は大きく下記の2つが考えられます。

社会の分極化:お互いに相容れない2つの極に社会が分裂し、対話が阻まれてしまう現象です。双方が「自分たちこそが正義であり、相手は間違っている」と思い込むため、どんな手段を使ってでも相手を抑えつけなければいけないという極端な思考に陥ります。選挙で負けてもその結果を受け入れません。
既存エリートへの不満:「民主主義になっても期待したほどの効果はなく、結局は一部のエリート層が勝ち続け、汚職などで政治は腐敗しているのではないか」という不満が溜まり、その結果「自分たちのために戦ってくれる、強いリーダー」を求める感情が生まれます。

このうち後者の例としては、フィリピンのドゥテルテ前大統領が挙げられます。彼は、かなり強権的なリーダーでしたが、歴代の大統領が終盤に支持率を落とす中で、任期の最後まで高い支持率を維持し続けました。既存のエリートを懲らしめてくれるこうした強いリーダーシップを求める声や閉塞感は、米国やフィリピンだけでなく、広く国際的に見られる現象だと思います。

これからの時代を生き抜く若い世代へのメッセージ

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大学では「政治学概論」や「比較政治論」といった政治学関連の授業のほか、留学生を交えて英語で国際問題を議論する授業などを担当しています。また、担当するゼミでは民主主義・権威主義、選挙制度といった比較政治学の中心的な問題に加え、学生たちがそれぞれ関心のある「ジェンダーギャップ」「移民問題」といったトピックを比較政治学の見方から研究するよう指導しています。
今の大学生は、物心ついた時から「経済的に落ち込んでいく日本」の中で育ち、私たちの世代が経験したような経済的に上り調子だった時代を知りません。大学教員としては自分と学生たちの世代間ギャップも踏まえて、できるだけわかりやすく授業を進めることを心がけています。
これからの不確実な時代を生きる若い人たちに私がいつも伝えているのは、ドイツ出身の経済学者アルバート・O・ハーシュマンの議論(『離脱・発言・忠誠』)をふまえた、組織との向き合い方です。ハーシュマンによれば、所属する組織がうまくいかなくなったとき、人がとりうる反応は、見切りをつけて出ていく「離脱(Exit)」か、とどまって声を上げ中から変えようとする「発言(Voice)」に大きく分かれ、その組織への「忠誠(Loyalty)」が強いほど、人は離脱せず発言に向かう、と整理しました。
ここで個人の立場から大切なのは、「離脱」を現実の選択肢として持てているかどうかです。いつでも別の場所へ移れる力があれば、去ることもできますし、その可能性があるからこそ、とどまって声を上げる「発言」にも重みが生まれます。逆にその力がなければ、不本意なままとどまるほかありません。だからこそ、一つの組織にすべてを委ねず、いつでも動けるだけのスキルを何か一つでも身につけておいてほしいのです。
情報が手軽に手に入る時代だからこそ、かえって自分の身の回りのことに関心が閉じ、遠い国の出来事を「他人事」として通り過ぎてしまいがちです。しかし、身近な変化(たとえばチョコレートやコーヒーの価格上昇)の背後には、しばしば遠い国の紛争や政策の変化があります。そうしたつながりを読み取り、世界で起きていることを「自分ごと」として捉えてほしいと思います。
内向きになりがちな時代だからこそ、皆さんにはぜひ外の世界に視野を広げ、物事を自分の頭で考える力を養っていってほしいと思います。
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