経営学科
2025.11.15
令和6年度『亜細亜大学ティーチングアワード』受賞者インタビュー:橋本一郎特任准教授
令和5年度からスタートした、全学部生による投票結果をもとに、優れた授業を実施している教員を表彰する『亜細亜大学ティーチングアワード』(選考方法など詳細はこちら)。
受賞者となった3人の教員のうち、経営学部 経営学科の橋本一郎特任准教授のインタビューをお届けします。
橋本 一郎特任准教授 プロフィール
経営学部 経営学科
専門分野:特別支援教育
受賞者となった3人の教員のうち、経営学部 経営学科の橋本一郎特任准教授のインタビューをお届けします。
橋本 一郎特任准教授 プロフィール
経営学部 経営学科
専門分野:特別支援教育
今の自分がいるのは、亜細亜大学があったから
ネイティブサイナーと学ぶ授業
手話入門を担当する橋本一郎先生は、手話通訳士の第一線で活躍中です。通訳としてはもちろん、先生ご本人の多彩な活動も注目され、数々のメディアに登場されています。そんな橋本先生の「手話入門」の授業は、手話を使って学生と行うコミュニケーションが中心です。大きな声と豊かな表情で、先生は学生の視線をつかみます。一方の学生たちも声をあげるだけでなく、手話で壇上の先生と言葉のキャッチボールを繰り返します。手話の特性上、声を出してのやり取りが全く行われない時間もありますが、教室は終始明るい雰囲気に包まれていました。
受講する学生は
「毎回あっという間。気がつくと105分が過ぎています」
「昨年、履修していた友人に『こんなに面白い授業はない』といわれ、受講しました。グループワークも多くて、コミュニケーションをたくさん取れて楽しいです」
「歴史や背景まで教えてくれるので覚えやすいし、応用も聞きます。手話の奥深さを知ることができました」
と、すっかり手話を学ぶことに夢中になっています。
この授業には、ネイティブサイナー(生まれながらに手話環境で育った人)が必ず参加します。
「外国語もネイティブの先生から習うと、本物の発音が身につくなどのメリットがありますよね。それと同じで、自分の手話で本当に伝わるのか、どういう表現をすればわかりやすいのかなど、ネイティブからアドバイスをもらいます」
そのサポーターに、瀧澤諒斗さん(法4・千葉・私立敬愛学園高卒)もいました。瀧澤さんは、令和7年に日本で初開催となったデフリンピック(耳が聞こえない・聞こえにくい人のためのオリンピック)の出場選手です。パラリンピックよりも歴史の長いこの大会に、サッカー日本代表としてピッチに立ちました。
「亜大には聞こえない学生が10人ほどいます。ほかにも目が見えない、肢体不自由などの理由から日常生活を送るために困難を抱える学生が在籍しており、亜大の仲間がキャンパスライフをサポートしています。サポートされることが多い学生もこの授業では、手話を学ぶ学生を支援する側に回ります。どの立場でも互いに支え合える環境は、多様性を尊ぶ亜大らしいですよね」
「外国語もネイティブの先生から習うと、本物の発音が身につくなどのメリットがありますよね。それと同じで、自分の手話で本当に伝わるのか、どういう表現をすればわかりやすいのかなど、ネイティブからアドバイスをもらいます」
そのサポーターに、瀧澤諒斗さん(法4・千葉・私立敬愛学園高卒)もいました。瀧澤さんは、令和7年に日本で初開催となったデフリンピック(耳が聞こえない・聞こえにくい人のためのオリンピック)の出場選手です。パラリンピックよりも歴史の長いこの大会に、サッカー日本代表としてピッチに立ちました。
「亜大には聞こえない学生が10人ほどいます。ほかにも目が見えない、肢体不自由などの理由から日常生活を送るために困難を抱える学生が在籍しており、亜大の仲間がキャンパスライフをサポートしています。サポートされることが多い学生もこの授業では、手話を学ぶ学生を支援する側に回ります。どの立場でも互いに支え合える環境は、多様性を尊ぶ亜大らしいですよね」
母校・亜細亜大学に育ててもらった
先生は、本学の卒業生(平成6年経営学部卒)です。
「父親が早くに他界し、進学はあきらめていました。でも、“学生”の身分って自由で可能性にあふれていますよね。そんなことを知ってしまった僕は、なんとかして大学に行く方法はないだろうかと考えていました。そんな時に、亜大の『一芸一能(個性値)推薦入試』(平成2年当時。現在はこの制度はありません)を知ったのです」
現在は「総合型選抜」として多くの大学で取り入れられている入試方式ですが、その頃、関東圏で実施していたのは本学のみでした。
「当時の学長・衞藤瀋吉先生の『偏差値よりも“個性値”。個性値が社会を変えていく』というお考えで実施されたと聞いています」
15歳から始めた手話を“一芸”として、晴れて亜大生となった先生が次にめざしたのは海外留学でした。亜大は選抜式ではなく希望者全員が留学できます。これも当時としては大変画期的な制度でした。
「費用はもちろんかかります。でも大学の守られた環境下で『海外で学べる』というメリットはいろいろな意味で大きいです。私は、留学費用を貯めるべく、必死でアルバイトに励みました」
しかし、時代はバブル経済の絶頂期。先生はたまたま「自分は海外に興味はない。でも、親が費用を出すから『留学しろ』ってうるさいんだよね」などという発言を耳にしてしまいます。
「今思えば、若さゆえの発言だったと思います。でも、必死に留学費用を貯めていた僕にとってその言葉は、むなしさや憤りが込み上げてきました」
「費用はもちろんかかります。でも大学の守られた環境下で『海外で学べる』というメリットはいろいろな意味で大きいです。私は、留学費用を貯めるべく、必死でアルバイトに励みました」
しかし、時代はバブル経済の絶頂期。先生はたまたま「自分は海外に興味はない。でも、親が費用を出すから『留学しろ』ってうるさいんだよね」などという発言を耳にしてしまいます。
「今思えば、若さゆえの発言だったと思います。でも、必死に留学費用を貯めていた僕にとってその言葉は、むなしさや憤りが込み上げてきました」
橋本先生は、亜細亜大学アメリカプログラム(AUAP)の担当者に、そんな思いをさらけ出したうえで「留学はあきらめる」という手紙をしたためました。すると数週間後、AUAPの奨学金制度が新設されたのです。
「実は僕の手紙が、衞藤先生のお手元まで届いたそうです。先生は『誰でも留学できる制度だと自負していたけれど、まだすべての学生に対しての機会にはなっていなかったんだ』とおっしゃって奨学金制度を設けてくださったと、あとで聞きました」
奨学金はまたとないチャンスでした。しかし一度、心が折れてしまった先生は、それまで貯めていた留学費用を友人との旅行で使い切ってしまうことに決めました。『出会いの広場』で知り合ったネパールからの留学生ら、親しい友人とともに3週間の放浪の旅に出ます。
「頑張って貯めた金額でしたが、本当に貧乏旅行でした(笑)。でも初めての海外は、現地出身の友人のおかげで、観光だけで終わらないリアルな現地の社会との交流がたくさんありました」
その経験は先生にとって想像以上にエキサイティングなものでした。「やはり海外で学びたい」と、留学への想いを新たにした先生は、翌年、奨学金制度を利用しアメリカへの留学を果たしました。
「実は僕の手紙が、衞藤先生のお手元まで届いたそうです。先生は『誰でも留学できる制度だと自負していたけれど、まだすべての学生に対しての機会にはなっていなかったんだ』とおっしゃって奨学金制度を設けてくださったと、あとで聞きました」
奨学金はまたとないチャンスでした。しかし一度、心が折れてしまった先生は、それまで貯めていた留学費用を友人との旅行で使い切ってしまうことに決めました。『出会いの広場』で知り合ったネパールからの留学生ら、親しい友人とともに3週間の放浪の旅に出ます。
「頑張って貯めた金額でしたが、本当に貧乏旅行でした(笑)。でも初めての海外は、現地出身の友人のおかげで、観光だけで終わらないリアルな現地の社会との交流がたくさんありました」
その経験は先生にとって想像以上にエキサイティングなものでした。「やはり海外で学びたい」と、留学への想いを新たにした先生は、翌年、奨学金制度を利用しアメリカへの留学を果たしました。
そして留学先で、先生は人生を方向づける発見がありました。「マンツーマンであれば、英語でも何を話しているのかわかるんです。でも複数の人が喋り出すと、会話の速度についていけない。『分からなかったら聞いて』ってみんなは言ってくれるけど、話の腰を折ってしまうのが怖くて、言い出せない――これこそが『耳の聞こえない人』のリアルなのでは?と気がつきました」
こうして、先生は導かれるようにして手話通訳士への道を歩み始めました。
こうして、先生は導かれるようにして手話通訳士への道を歩み始めました。
「見えないモノを渡す」のが手話の基本
ある授業で先生は、学生とネイティブサイナーを交えて10人ほどのグループを組ませ「見えないモノを渡す」というゲームを行いました。円陣を組み、最初はテニスボール、次はバレーボール、そして風船が手元にあると仮定して、声を出さずにパスで回すのです。
参加者はその「見えないモノ」の大きさや重さを想像して投げ合いました。そして先生は「最後は、この3つをグループの中で同時に回そう」と提案します。
学生から「あれ、今どこにある?」「私が持っているモノって何?」という楽しそうな声が漏れ始めると、先生はみんなの手を止めさせ、手話を交えて語り始めました。
「不安になると声が出ちゃうよね? でも、手話の基本は『見えてないものをきちんと伝えること』じゃなかったかな? だからまず相手のことを想像しよう。言葉が飛び交う今この状況だけど、聞こえない人に、飛び交う言葉は見えないんだよ。輪の中にいるネイティブサイナーに、みんなの声は伝わっている?」
先生の言葉に、学生たちハッとします。
「大勢の中に聞こえない人が1人でもいたら、今の会話を理解できているのか、ここにいるみんなだけは絶対に想像して。『会話は分からない。でもみんなが楽しそうだから』と笑顔でふるまっているかもしれない。たったひとことの『分からない』という声を出せずに、人知れず孤独感を感じているかもしれない。それをみんなだけは絶対に想像しよう」

先生はその後「聞こえない人を思いやることは、手話の単語1つを覚えるよりずっと尊い」と言いました。
先生は続けて語ります。
「亜大に育ててもらったからこそ、今の自分がいます。自分が亜大に戻り、手話の授業ができたからこそ『聞こえない人をサポートしよう』と思ってくれた学生もいるかもしれない。その学生が、またきっかけになってほしいんです。亜大の創立理念のように、多様性を受け入れて、当たり前のように助け合う輪がこの先も、ずっとずっと、広がっていくことを心の底から願っています」
先生は続けて語ります。
「亜大に育ててもらったからこそ、今の自分がいます。自分が亜大に戻り、手話の授業ができたからこそ『聞こえない人をサポートしよう』と思ってくれた学生もいるかもしれない。その学生が、またきっかけになってほしいんです。亜大の創立理念のように、多様性を受け入れて、当たり前のように助け合う輪がこの先も、ずっとずっと、広がっていくことを心の底から願っています」
<2025年11月15日 10時00分>