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小倉さん

小倉 風野(OGURA Fuya) 国際関係学部 多文化コミュニケーション学科

 

  • 平成26年度 AUAPに参加 アメリカ・サンディエゴ州立大学に約5か月間留学
  • 平成28年度 AUEPに参加 インドネシア・インドネシア大学に約1年間留学

 

 

 

AUEPでの目標は?

インドネシアでの留学の目標は、大きく分けて2つありました。1つはインドネシア語能力の向上、2つ目は多文化共生社会という観点から日本に必要になるアイデア、習慣、価値観をインドネシアから知ることでした。実際に長期間現地で生活することで、その地域社会やそこでの人間関係を知ることができました。また、そのコミュニティの一員になることで現地住民の価値観を知ることができ、今後の日本とインドネシアの関係発展に貢献できると考えていました。

どのような授業を受けていましたか?

私が参加したインドネシア語コースは、外国人専用のプログラムだったので、その学生はみな外国人でした。レベルは初級、中級、上級の3つに分かれています。初級は、話すことがメインのクラスで、グループを作ってクラスの前で話したりと会話をする機会がとても多くありました。そのため、今までにインドネシア語を学んだことがない学生でも、このクラスを卒業するころには、現地住民とインドネシア語で話すことができるレベルにはなります。ちなみに、私は初級クラスが終わる頃には、市場で値段交渉をしたりと、私生活の中で言語による不便はほとんどなくなりました。

中級クラスは、文法と語彙がメインのクラスです。新聞や論文などで使われるフォーマルな表現や様々な言い回しを用い、エッセイなどを書いたりします。インドネシア語の表現や言い回しがとても豊かになり、文章に深みが出ます。私の時は、インドネシア以外の国についての観光や市販の薬品を紹介するというものでした。また、履歴書の書き方や、プレゼンテーションの際に使うフォーマルな言い回しなども身に着けることができるので、インドネシアで働く、またはインドネシア語を仕事で使う際に必要なフォーマルなインドネシア語を知ることができます。

上級クラスは、卒業論文を書くことに重点が置かれています。卒業論文には、フォーマルな形式のものと、インフォーマルな形式の二つあり、学生はどちらかを選ぶことができます。フォーマルな形式の卒業論文では、フォーマルなインドネシア語だけを用いて、論文を作成します。論文は学生それぞれが自分の好きなテーマを考え、そのテーマについて文献やインタビュー、アンケート調査などから情報、データを集め、研究します。インフォーマルな形式の卒業論文では、会話表現などでも使われるインフォーマルなインドネシア語を用いて、与えられたトピックについて自分の考えを語るというものです。トピックはインドネシアの映画や人物、神話などがありました。雑誌の記事のように読者に自分の考えを伝え、内容に興味を持ってもらうように書くため、想像力と表現力が重要です。また、上級クラスでは、インドネシア語の授業とは別に、インドネシアの文化や歴史、政治に関する授業もあります。

現地での生活を振り返って、どうでしたか?

大学の授業以外の活動では、私は部活動にも励みました。インドネシア大学のハンドボール部に所属し、週末は朝7時から大学内にあるコートでハンドボールの練習をしていました。チームスポーツにはコミュニケーションが重要になるので、現地の学生と交流を深めるのには部活動が一番良いと思い、積極的に参加しました。
インドネシア大学で学ぶインドネシア語は上級クラスを除くとほとんどがニュースや新聞などで使われる、フォーマルなインドネシア語だけなので、インドネシア人と話す際にこのインドネシア語を使うと硬い表現になってしまい、彼らはそれを変に感じてしまうことがあります。しかし、部活動を通して現地の学生と話すことで、インフォーマルなインドネシア語を教えてもらったり、試したりすることができました。そのおかげで、会話力はかなり上達しました。

それ以外にも、近隣住民の方々との交流も積極的にしていました。インドネシアでは、個人より集団に重きを置く文化があるため、そのような小さなコミュニティの中で人間関係を構築し、彼らの考えや価値観などを知ることができました。このような文化が根付いているおかげで、常に周囲の人間がお互いを気に仕掛け、助け合うのが習慣化されていて、とても心が温まる環境でした。私が暮らしていた地域では私が日本で感じたことのない、近隣住民からの愛というものを感じることができました。インドネシアに来てすぐの時、外国人用の滞在許可書を取得するのに近所の町内会や市役所、警察などいくつかの機関へ書類の作成を頼まなければなりませんでした。しかし当時、私は現地住民が話すインドネシア語がほとんど聞き取れなかっただけでなく、その場所すらわからなかったので、一人ではどうすることもできませんでした。そんな時に、私の住んでいたシェアハウスのオーナーの奥さんに必要な書類について話したら、その行かなければならない機関の場所まで連れて行ってくれ、そこで私の代わりに係りの方に説明してくれたり、必要な手続きなども手伝ってくれました。また、そのオーナーの奥さんは他の近所の方々にも私のことを話していたらしく、彼らも何かあるとすぐに手を差し伸べてくれました。インドネシア語が上達してきたころには、放課後や週末の朝に、近所の方々とコーヒーを飲みながら世間話をするのが習慣になりました。日本では近隣住民との関わりは一切なかったので、近所の人とコーヒーを飲みながら世間話をするという普通のことでも、私にとってはとても楽しく、貴重な時間でした。

AUEPでの留学を総括すると?

この約1年間の留学を終え、目的であったインドネシア語の能力はとても上達しました。特にほとんどゼロに近かった会話力が、現地の人からもインドネシア人だと勘違いされる時があったくらい上達しました。また、同じコミュニティの中に宗教や民族、人種といったさまざまな違いがあっても、お互いが認め合っているからこそ、インドネシアの多文化共生が成り立っているのだと分かりました。日本とインドネシアは同じ島国ですが、外から来るものに対するインドネシアの寛容さは日本にはない、と感じました。日本人一人ひとりの寛容さが、外国人人口が増加する日本の多文化共生社会にとって必要不可欠であるように思います。

インドネシアでの留学生活で私のインドネシア、インドネシア人に対する考え方が大きく変わり、国際人としてとても成長することができました。卒業後は、独立行政法人国際交流基金が行っている日本語教育プログラム「日本語パートナーズ」の派遣員として、インドネシアの高校に派遣されます。現地では、日本語のALTとして、日本語だけでなく、日本人や日本文化がどういったものなのかを発信し、多くのインドネシア人に日本への興味、関心を持ってもらえるよう頑張っていきたいと思います。これからもこういった活動を通して、かけがえのない思い出と経験をくれたインドネシアに、恩返ししていきたいです。

留学後の成果~My Before After~

〈2018年4月1日更新〉