戻る卒業生からのメッセージ(笠原 泉美)

笠原さん

笠原 泉美

KASAHARA Izumi

 

NPO 子供地球基金職員

平成12(2000)年度 国際関係学部卒業

 

AUAPを振り返って

私がAUAPに参加したのは、ちょうど10年前の3月から7月の5ヶ月間でした。初めての渡米にあたり、出発直前は興奮と不安とが入り混じった気持ちで毎日を過ごしていたことを今でも覚えています。あの5ヶ月間は、たくさんの喜びと発見がありました。同時に、たくさんの失望もしました。

 

皆さんは、夢というものを持っていますか?プロサッカー選手になりたい、作家になりたい、起業したい、人に好かれる人になりたい、夢を探しながら生きていきたい…。夢には大小も優劣もありません。漠然としていても、それは何も悪いことではありません。大切なのは、情熱を傾けることができるものをもっているという事実、誰よりも夢中になれる何かを持っているという事実です。

 

私には中学生から抱いている夢がありました。当時は「世の中の役に立ちたいなぁ」と漠然と思うだけでしたが、年月を経るにつれ、少しずつ、本当に少しずつ具体化していき、同時に実行に移すこともできました。その実行にひとつだったのが、AUAPでした。AUAPの後、一般企業に就職・退職をし、米国大学院へ進学しました。そして現在は、ずっとずっと追い続けてきた夢を仕事として実現することができました。

 

AUAPでは失望もしました。でも、そこから学んだことを繰り返さないように次に活かしたからこそ、今の私が生かされている環境があるのだと思っています。

 

これからAUAPに参加しようとする皆さん、まだ躊躇している皆さんには、是非参加して欲しい。今まで感じたこともない、体験したこともない、出来事に出会うはずです。AUAP後は、あなたの価値観や世界観、人生観までもが変ってくるかもしれません。皆さんの夢や、人間として成長するための素晴らしいスパイスとなるはずです。勇気を持って飛び込んでみてください。

 

1. AUAPの楽しさ・苦しさ。

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毎日が分からないことの連続でした。英語での生活、アメリカ人のルームメイト、スーパーでの買い物、親しみのある会話、侮辱が込められた嫌がらせ、東京の空気とはまったく違う新鮮な空気、現地学生の勉強に対する姿勢。全てが新鮮でした。そして同時に苦しみでもありました。特に語学の面での苦しさは想像していた以上で、伝えたいことが全て伝えられないもどかしさは、本当に悔しく、何度も自分自身に失望しました。5ヶ月で言葉は突然上手にはなりません。しかし、その悔しさはずっとずっと自分の中に残ります。AUAPを終えた後も、この悔しさがバネになり、英語で伝えられるようになりたいという意欲に変化し、新聞を読んだり、英語でドラマを見たり、色々工夫をしながら勉強することができました。

 

私たちは、アメリカのことを知っていますが(大統領の名前や、アメリカがどこにあるのかなど)、アメリカでは日本という国名は知っていても、地理的なことや、今でもサムライがいるのだと思っている人も、少なからずいました。また、同い年なのに、数ヶ国語を操ることができたり、3つも4つも専攻を取っている学生がいたり、世の中には本当に様々な人たちがいるのだということを理解したのも、このAUAPが初めてでした。日本では出会えない人たちとの出会いと会話は、私に刺激を与え、より広い視野を持って世界を見なければというきっかけにもなりました。

 

AUAPの日々は、楽しさと苦しさが同時に存在する日々です。人は苦しさから逃げたくなるものですが、AUAPは5ヶ月間だけです。どんな苦しみも、 AUAPを終えた後は、素晴らしい体験だったと思うことができます。また、私もそう思っている卒業生の一人なのですから。

 

2. 帰国後~現在までのキャリアパス

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私は、国際機関で働きたいという思いを学生の時に持っていました。そんな大それた事をと思う人もいるかもしれません。でも、夢には大小も優劣もありません。それに対し誰よりも熱い思いを持ち、追い続け、叶えようとすることが大切なのだと思います。

 

大学卒業後、米国大学院へという道も少しは考えましたが、社会人経験を持って進学した方が良いのではないかと思い、一般企業に営業職として就職をしました。営業を選んだのには理由があります。とにかく、外で人に会って、世の中の厳しさを知ろうと思ったのです。また営業は成績が数字として出されます。厳しくなかったといえば嘘になりますが、そうして常に自分にプレッシャーをかけることで、自分の弱みと強みが見えてきました。そして社会人として世の中に対して何ができるのだろうということも考えるようになりました。

 

私は「教育」という分野で世の中に貢献したいと考えるようになったのです。今の世の中は、子供や親を殺したり、首相同士で握手はするけれども一般人同士では争いが絶えなかったりと、悲しい出来事が日々起こっています。本当は、大人を教育するのが平和への一番の近道だとは思いますが、それは非常に難しいことです。私は、次の世代を担う子どもたちが、世の中を色眼鏡をかけて見ない大人になればと思い、2004年9月University of OregonのInternational Studiesの修士課程へ進学しました。2006年12月の修了まで、開発と教育を中心に勉強をし、またタイ北部にあるNGOにて貧困家庭出身の山岳民族の子どもたちを3ヶ月間勉強を教えながら寝食を共にしました。

 

大学院時代、AUAPでの経験が活きたことは間違いありません。しかし今度は5ヶ月間ではなく、2年間でした。AUAPでは見えなかったことが見えてきました。でも、確実に言えることは、AUAPを経験していなかったら、大学院時代で見えたことはAUAPで見たものと同等だったと思います。つまり、 AUAPがあったからこそ、人との接し方、文化の見方に奥行きが出てきたということです。

 

大学院生活で見えたこと、感じたことをベースに私が今後のキャリアとして出した答えは、「国際機関という大きなところではなく、最終支援受給者にもっと近いところで働きたい。私の経験、語学を存分に生かせるところは日本。日本から世界に向けての活動をしたい」というものでした。

 

そして、今、子どもたちの描く絵で、支援を必要とする他の子どもたちをサポートする活動を行っている子供地球基金で、NPO職員として働いています。中学生の時から追い続けてきた夢が仕事として現実のものとなったのです。

 

3. 将来の夢

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今、地球は環境問題を含め、様々なところで歪が生じています。次の時代を担う子どもたちが大人になった時、彼らが苦しい思いをしながら生活しなくていいように、私は、子どもたちのために、少しでもいい環境を残していきたいと思っています。生活環境、自然環境、家庭環境、社会環境が良くなれば、人の心がエゴに占領されることはないと思っています。人の心からエゴがなくなった時、私は、国を越えて、文化を越えて、言語を越えて、貧富の差を越えて、互いを思いやる心が人間には芽生えるのではないかと考えています。

 

私が活動をしている子供地球基金では、子どもたちが子どもたちをサポートするということを中心に活動を行っています。子どもの時から、「こんな私でも、僕でも、他の環境にいる友達(子どもたち)の役に立てるのだ」と思うことができたのなら、彼らが大人になった時、この世の中は、今よりもずっとずっと住みやすい、いがみ合いのない場所になると信じています。そういう世の中作りの一端を担いたいというのが、今の私の夢であり、また仕事をしていく上での基本となっています。

 

今度は、叶えた夢を、意義のある活動にしていくことが私の日々の目標です。

 

※肩書は執筆当時のものです。

〈2014年4月1日更新〉