【卒業生インタビュー】宮寺渉平さん(日本オラクル株式会社)
総合
2026.06.25

【卒業生インタビュー】宮寺渉平さん(日本オラクル株式会社)

現在社会の第一線で活躍する卒業生をお招きして、インタビューを繰り広げていきます。
先輩たちに、在学中の学びや学生生活をはじめとしたストーリーを語っていただき、学生の皆さんの卒業後のキャリアを描く「ヒント」になることを期待しています。
第2回は、平成18年度(平成19年3月)に経済学部を卒業された宮寺渉平さんに、在学中の「あのころ」と社会で活躍する「今」を聞いてみました。

4年間のその先へ ~卒業生が語る「あのころ」と「今」
   宮寺渉平さん  (日本オラクル株式会社)

学生時代はセパタクローで日本代表に
 ―すべての挑戦や経験が今につながっている

データベースソフトウェアの世界トップシェアを誇る米国オラクル・コーポレーションの日本法人、日本オラクル株式会社で働く宮寺渉平さん。「家から近く規模感が理想的だった」と選んだ亜細亜大学に入学後、人生が変わる出会いが待っていました。

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IT業界の営業歴19年。転職でさらに充実感が増した

現在、日本オラクル株式会社で、データベースを中心としたソフトウェアと、自社が提供するクラウドサービスを、大手通信会社向けに提案をする営業をしています。一度転職をしており、2022年の5月からが現職です。私が就職活動をしていた時期は、ちょうど就職氷河期が終わり、採用人数が増えてきた年でした。そのなかで、キャリアセンターから、企業のICTインフラのライフサイクル全般をトータルで扱うユニアデックス株式会社を紹介されて就職しました。

15年勤めた後にもともと同僚だった先輩からのご縁があって転職し、前職の知識を活かしながら、よりお客様の経営戦略などに一緒に取り組める営業職に就くことができました。エンドユーザーとなるお客様と密にコミュニケーションを取り、あらかじめ決まったものを提案するのではなく、決めていく段階から関われるので、やりがいを感じています。
miyadera22006年のドーハアジア大会派遣時のセパタクロー試合中
(画像提供:岩本勝暁氏)

「日本代表になれる」新入生勧誘のことばが現実に

さかのぼって亜細亜大学を選んだのは、実家が近く亜細亜大学の存在を身近に感じていたからです。自転車で通える距離だったので、4年間自転車通学でした。また、キャンパスが適度な広さで移動しやすく、他の学部生とも交流しやすいところが魅力でした。

入学後、部活動の新入生勧誘でセパタクロー部から勧誘を受けて入部し、4年間所属して主将も経験しました。その時に勧誘してくれたのが、現在亜細亜大学の事務職員で、セパタクロー部監督を務める元日本代表の寺本進さん(平成9年度卒)です。
小・中学校と9年間サッカーを、高校ではバレーボールを経験してきた私に「がんばれば日本代表になれるから、やってみない?」と声をかけてくださったんです。当時はセパタクローというスポーツのことは何も知らず、そんな部活があるなら入ってみようかな、という軽い気持ちでした。

始めてみると、3人1組でネット越しに戦うスポーツは他にないおもしろさがあり、コミュニケーションが濃密で、チームプレーが好きな自分には合っていました。当時培ったコミュニケーション能力やチーム内での役割を把握して動く力は、営業の仕事にも活かされていると思います。また、私も含め大学で初めてセパタクローに触れる人がほとんどなので、スタートラインが同じというのが良かったです。その上で、それぞれサッカーやバレーボール、野球やテニスなど過去のスポーツ経験やバックボーンが競技に反映されるところもおもしろさなんです。
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亜細亜大学のセパタクロー部は今年で創部37年と歴史が深く、現役時代はコーチやチームメイト、OB・OGの方や後輩と切磋琢磨して技術を磨きました。大学1年次から国際大会で好成績を残したり負けたりを繰り返した結果、寺本さんの言葉通りに運よく日本代表に選出いただきました。
日本オリンピック協会から派遣され、ドーハで開催されたアジア大会にも出場しました。

自分用に採寸してもらったスーツを来て日本選手団結団式に参加し、支給されたスーツケースを持って飛行機に乗り込み、現地では選手村で生活をして各国の代表選手と競技をする。それはセパタクローと出会っていなければ味わうことのできなかった、特別で貴重な経験でした。

実は、今年(2026年)の9月に、32年ぶりにアジア大会が日本の名古屋で開催されます。そのセパタクロー競技には、亜細亜大学の卒業生が選手、監督、コーチとして出場予定です。
私が日本代表だったころよりも、遥かに強くなっている日本代表は、いまや世界の強豪を脅かす、金メダルが期待される競技になっています。
ぜひ、亜細亜大学に馴染みが深いセパタクロー競技にご注目いただき、亜細亜大学出身の選手も含め、日本代表を応援いただけたら嬉しいです。
miyadera4留学中にルームメイトとシアトルの球場でイチローvs松井秀喜の試合を観戦

留学体験で視野が広がり、チャレンジ精神が鍛えられた

学業の面では、1年次の冬から2年次の夏まで5か月間、亜細亜大学アメリカプログラム(AUAP)に参加し、その間は競技から離れていました。
アメリカではルームメイトと仲良くなってたくさん会話をしましたし、休日にはメジャーリークの試合を見に行くなどして親交を深めました。彼とはいまも交流が続き、彼が来日した際は我が家にホームステイしてもらい、息子たちとも遊んでもらいました。他にもさまざまなルーツを持つ学生との交流を通して、世界へと視野を広げることができました。

また、特に英語が得意でもなかった私が留学体験をしたことで、何事もまずは挑戦してみよう、というマインドを持てたことが、結果的にセパタクローへの取り組みにもプラスになったと思います。余談ですが、私をAUAPに誘ってくれたのは当時お付き合いしていた彼女で、現在の妻です。本当に大学では色んなご縁をいただいたと思います。

AUAPは希望をすれば誰でも参加できるプログラムで、サポート体制が整っていて不安も少ないですし、学生の皆さんはぜひ自分から積極的に手を挙げて参加してほしいです。
亜細亜大学自体、ひとつのキャンパスにさまざまな学部の学生がいて、海外からの留学生も多いので、多様な意見に触れて自分の考えを持つことができる良い環境です。海外に目を向けるきっかけが多い大学ではないでしょうか。
現在勤める日本オラクルは東証上場している日本法人ですが、クラウド製品やライセンス関連で米国本社の承認が必要になる場合があり、そういった時は英語の書類を作成しています。もちろん翻訳ソフトなどを活用するので、ゼロから英作文するわけではありませんが、やはりグローバル企業なので前職よりも英語に触れる機会は増えました。
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先輩方にもらった恩を後輩たちに送っていきたい

もうひとつ、亜細亜大学に入って印象的だったのが、新入生を対象とした宿泊オリエンテーション「出会いの広場」です。入学して間もない時期に多くの同級生と仲良くなれるのはもちろん、2年生・3年生の先輩方から情報を得ながら、他の学部の雰囲気もわかる貴重な機会でした。「出会いの広場」がなければ、あんなに早く学生生活になじめなかったのではないでしょうか。諸先輩方は、皆さん大変後輩思いで、勉強面でも部活動でも多くの先輩に本当にお世話になりました。

私自身も、現役の学生が困ったときに頼りにしてもらえることがあるなら、協力は惜しみません。そのために社会に役立つ仕事を継続し、多くの人とつながり、さらに経験を積んでいきたいと思っています。そして、人生を変えてくれたセパタクローの国内での普及にも寄与できればと考えています。
<2026年06月25日 15時00分>
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