健康スポーツ科学科
2026.07.29
彬子女王殿下をお招きして健康スポーツ科学部開設記念講演会を開催しました


令和8年4月に健康スポーツ科学部を開設したことを記念して、6月2日、本学5号館511教室にて、彬子(あきこ)女王殿下に御臨席賜り、開設記念講演会を開催しました。
日本文化をご専門とされる彬子女王殿下は、日本ラグビーフットボール協会名誉総裁、日本プロスキー教師協会総裁もお務めになるなど、スポーツともゆかりの深いご活動に携わってこられました。
今回の講演では「宮様とスポーツ」をテーマに行われ、同学部の学生、理事者、教職員など約200人が聴講しました。
スポーツの本質的な価値と歴史的意義を学び、未来への学びの指針となった講演会をレポートします。
日本文化をご専門とされる彬子女王殿下は、日本ラグビーフットボール協会名誉総裁、日本プロスキー教師協会総裁もお務めになるなど、スポーツともゆかりの深いご活動に携わってこられました。
今回の講演では「宮様とスポーツ」をテーマに行われ、同学部の学生、理事者、教職員など約200人が聴講しました。
スポーツの本質的な価値と歴史的意義を学び、未来への学びの指針となった講演会をレポートします。
△永綱憲悟 学長ご講演に先立ち、永綱憲悟学長の挨拶では、ベストセラーとなった彬子女王殿下のオックスフォード大学留学記『赤と青のガウン』の章題がすべて四字熟語であることに触れ、ご来臨を「歓喜雀躍(かんきじゃくやく)」と表現し、深い感謝を示しました。
△彬子女王殿下戦後民主化と平和への祈りを込めた三笠宮崇仁親王殿下とダンス普及
盛大な拍手に迎えられ登壇された彬子女王殿下は、司会を務める健康スポーツ科学部・鹿内菜穂准教授とのご縁がきっかけで本講演が実現したというエピソードや、学生全員がスーツ姿で迎えたことへ賞賛の言葉をかけられ、皇室とスポーツの歴史について温かみのある語り口でお話しされました。まず、彬子女王殿下の祖父にあたる三笠宮崇仁(みかさのみや たかひと)親王殿下が、かつて「ダンスの宮様」と呼ばれるほど、レクリエーション活動の普及に尽力されたことについて言及されました。
「1949年、札幌の宮様スキー大会で進駐軍・民間情報教育局のウィンフィールド・ニブロ氏から教わったスクエアダンスを、見よう見まねで踊られたことが始まりでした」。
その後、崇仁親王殿下が佐渡島を訪れた際、次官(国家行政機関の幹部)も村人も混ざり合って熱心に“おけさ”を踊る姿を見て「村人に次官も混じり盆踊り」と詠まれ、「世界の人々が共に踊れるものが必要だ」と確信されたと述べられました。
日中戦争時に陸軍参謀として中国へ派遣された経験を持つ崇仁親王殿下は、戦争の悲惨さを深く反省し、人間の持つ闘争心理を武力戦ではなく別の方向へ向けるべきだと考えておられたそうです。そこで出会われたのがスクエアダンスでした。
「当時は、数年前まで敵対国であったアメリカの文化を学ぶことへの反発や、『ダンスでは米は取れない』といった冷笑、身分の垣根を越えることへの批判もありましたが、殿下は石を投げられようとも普及を諦めませんでした」と、崇仁親王殿下がダンスをされている写真も表示しながらご説明されました。
その背景には、崇仁親王殿下が、手を取り合って楽しく踊るスクエアダンスやフォークダンスの中に、自由・平等・平和の象徴を見出しておられたことがあったのだそうです。そして、崇仁親王殿下が「皇族も官僚も女工さんも同じ人間であると実感できる、身分のない理想の社会を築く」との強い信念をもって総裁を務めておられた日本レクリエーション協会の活動を通じて、ダンスの普及に尽力されたことをご紹介されました。

スキーやラグビーの発展に尽力された秩父宮雍仁親王殿下と高松宮宣仁親王殿下
彬子女王殿下は、三笠宮崇仁親王殿下の兄上にあたる秩父宮雍仁(ちちぶのみや やすひと)親王殿下、高松宮宣仁(たかまつのみや のぶひと)親王殿下もまた、日本のスポーツ文化の礎を築かれたとお話しされました。1930年、雍仁親王殿下と宣仁親王殿下によって「宮様スキー大会」が開始されたことに触れ、「各競技の優勝者に皇族の賜杯が17個も授与されるスキー大会は、世界でただ一つであり、今年97回目となる大会が開催された」と述べられました。
宮様スキー大会の実施や日本スキー界の発展には、北海道大学の大野精七医学博士の協力があったそうです。「1928年、大野博士の案内で北海道の手稲山などを滑られた雍仁親王殿下は、『将来日本で冬季五輪を開催するなら、大学都市である札幌が最適だ』と考え、洋式ホテル(のちの札幌グランドホテル)の建築を提案されました」と続けられ、これが後の大倉山ジャンプ競技場の開設や、1972年の札幌オリンピック開催へと繋がっていった歴史を紐解かれました。
当時、雍仁親王殿下が北海道でスキーをされるにあたり、警察や警衛隊にスキーができる人が一人もいなかったため、北海道大学スキー部の学生による計45人の憲兵隊が組織され、任務に当たったのだそうです。また、1歳の頃からスキー場へ通う彬子女王殿下もスキーが大変にお上手で、護衛の方は殿下についていくのに必死で、スキー後は魂が抜けたように疲れ果てている護衛官の写真など、ユーモアを交えながらご紹介されました。


また彬子女王殿下は、日本に東西2か所のラグビー拠点があることにも、宮家が関わっているとお話しされました。
「1928年、大阪電気軌道(現在の近畿日本鉄道=近鉄)に乗車された雍仁親王殿下が、『この沿線にはずいぶんと空き地が多いから、ラグビーの専用競技場を作ってはどうか』と提案されたことが、現在の花園ラグビー場の創設に繋がりました」と語り、その後、関東でも女子学習院の跡地にラグビー場ができ、のちに秩父宮ラグビー場という名になりました。
「『東の秩父宮、西の花園』として国内にラグビー拠点が2か所もあるのは、雍仁親王殿下のご尽力によるものです」と述べられ、日本ラグビーの普及と宮家のつながりの深さを明かされました。
彬子女王殿下は、これら先代の方々の想いが詰まった大会が現在も受け継がれていることに触れ、「自分が皇族であることの意味、そして何をすべきか」と考えた結果、ご自身は「子どもたちに日本文化を伝えること」を自らの使命として活動されていると語られました。
「1928年、大阪電気軌道(現在の近畿日本鉄道=近鉄)に乗車された雍仁親王殿下が、『この沿線にはずいぶんと空き地が多いから、ラグビーの専用競技場を作ってはどうか』と提案されたことが、現在の花園ラグビー場の創設に繋がりました」と語り、その後、関東でも女子学習院の跡地にラグビー場ができ、のちに秩父宮ラグビー場という名になりました。
「『東の秩父宮、西の花園』として国内にラグビー拠点が2か所もあるのは、雍仁親王殿下のご尽力によるものです」と述べられ、日本ラグビーの普及と宮家のつながりの深さを明かされました。
彬子女王殿下は、これら先代の方々の想いが詰まった大会が現在も受け継がれていることに触れ、「自分が皇族であることの意味、そして何をすべきか」と考えた結果、ご自身は「子どもたちに日本文化を伝えること」を自らの使命として活動されていると語られました。
質疑応答や記念品贈呈は和気あいあいのうちに
講演後の質疑応答では、学生や教員からの質問に、実際のエピソードを交えながらお答えいただきました。「スキー以外のスポーツは何をされるのか」という学生からの質問に対して、「始球式の依頼があるため、皇宮警察の側衛官や出張先での各県警の方と空き時間に投球練習をしている」とご回答。京都の公園では、5歳くらいの双子の男の子と野球をして、女王殿下自ら高校野球の応援歌を口ずさみながら実況・審判をして30分間全力で遊ばれたという、微笑ましいエピソードが紹介されました。
また、社会人になるとスポーツをする時間がなくなることについて意見を求められ、「すき間時間を見つけて体を動かすこと。時間の作り方と、どれだけそのスポーツに気持ちを乗せられるかが大切です」とアドバイス。その上で、「私も野球が下手ですが、始球式で何とかボールをホームベースに届かせたいと強く願って、すき間時間に投球練習をしています」と、先ほどの回答につなげられました。
そして、「彬子女王殿下にとってスキーの魅力とは」という、長浜尚史学部長からの質問に対しては、「生後14か月で初めてスキー場を訪れて以来、毎冬スキーをしていますが、一度として同じ時がないのが魅力。自然相手の対応能力が求められるのが楽しく、スキーの醍醐味です」と、深いスキー愛を披露されました。




質疑応答が終わると、学生代表より感謝の花束と、硬式野球部のユニフォームが贈呈されました。
ユニフォームの背中には、殿下のファーストネームと「宮様(みや)」の語呂合わせから「AKIKO 38」と刻まれており、会場内は温かい笑いに包まれました。
ユニフォームの背中には、殿下のファーストネームと「宮様(みや)」の語呂合わせから「AKIKO 38」と刻まれており、会場内は温かい笑いに包まれました。
△長浜尚史 健康スポーツ科学部長最後に、健康スポーツ科学部学部長の長浜尚史教授より、閉会の挨拶がありました。
「本学部では、日本初となる健康スポーツ科学と情報工学を融合した教育・研究を進めています。一方で、スポーツには人類の歴史の中で育まれてきた文化的・歴史的価値があります。彬子女王殿下のご講演を通じて、皇族の方々がスポーツに深く関わってこられた背景やその役割を学ぶとともに、スポーツの文化的・歴史的価値について改めて考える機会にしてほしい。そして、この学びを踏まえ、スポーツを学問として多様な視点から捉え、大学生活の中で教員や仲間と大いに議論を深めてほしい」と学生へ呼びかけ、開設記念講演会は盛況のうちに幕を閉じました。
「本学部では、日本初となる健康スポーツ科学と情報工学を融合した教育・研究を進めています。一方で、スポーツには人類の歴史の中で育まれてきた文化的・歴史的価値があります。彬子女王殿下のご講演を通じて、皇族の方々がスポーツに深く関わってこられた背景やその役割を学ぶとともに、スポーツの文化的・歴史的価値について改めて考える機会にしてほしい。そして、この学びを踏まえ、スポーツを学問として多様な視点から捉え、大学生活の中で教員や仲間と大いに議論を深めてほしい」と学生へ呼びかけ、開設記念講演会は盛況のうちに幕を閉じました。
<2026年07月29日 16時00分>