留学・国際交流
2026.06.01
【ASEAN奨学生インタビュー】「ASEAN諸国留学生奨学金制度」が私たちの未来をひらいてくれた。
日本企業で活躍できるグローバル人材の育成、そして真の国際人の輩出をめざし設立された「ASEAN諸国留学生奨学金制度」が、今年で創設10周年を迎えました。
本制度は、趣旨にご賛同いただいた多くの企業様からの寄付金によって運営されており、これまでにASEAN 諸国7か国、130名を超える留学生の夢を形にしてきた、亜細亜大学独自の給付型奨学金制度です。
今回は10周年の記念企画として、本奨学金を利用して学ぶ留学生にインタビュー。
なぜ亜細亜大学を選んだのか、そしてここで得た学びをどう未来へつなげるのか。夢を追いかける留学生のストーリーを紹介します。
本制度は、趣旨にご賛同いただいた多くの企業様からの寄付金によって運営されており、これまでにASEAN 諸国7か国、130名を超える留学生の夢を形にしてきた、亜細亜大学独自の給付型奨学金制度です。
今回は10周年の記念企画として、本奨学金を利用して学ぶ留学生にインタビュー。
なぜ亜細亜大学を選んだのか、そしてここで得た学びをどう未来へつなげるのか。夢を追いかける留学生のストーリーを紹介します。
「ASEAN諸国留学生奨学金制度」が
私たちの未来をひらいてくれた。

国際関係学部国際関係学科4年
バオさん(ベトナム出身)
バオさん(ベトナム出身)

手厚い奨学金と留学生支援に惹かれて
日本に関心を抱いたのは高校生の頃でした。伝統文化の奥深さや、人々の勤勉さ、さらにアニメに代表される魅力的なソフトパワーに惹かれ、日本語の学習を始めました。学びを進めるうちに、その文化や社会を実際に体験したいという思いが強まり、日本への留学を志すようになりました。両親にその決意を伝えた際、内心では不安もあったはずですが、「将来のためになるなら挑戦してみなさい」と背中を押してくれました。
その期待に応えたいという気持ちから、経済的負担をできる限り軽減する方法を探し、日本の大学の奨学金制度を調べました。そして出会ったのが、学費や教材費に加え、最初の2年間の宿舎費用まで支援される亜細亜大学の「ASEAN諸国留学生奨学金制度」です。さらに、アジア各国からの留学生が多く在籍し、支援体制が整っている点にも魅力を感じて、ここで学びたいと思い、挑戦することを決意しました。
アルバイトの「コンビニ」も学びの場に
留学1年目は留学生別科で日本語と文化の基礎を学び、2年目からは日本人学生とともに専門科目を履修しています。現在はアルバイトもしていますが、奨学金のおかげで学業を優先した生活を送ることができています。
来日以来続けているコンビニでの仕事は、当初は業務の多さに戸惑うこともありましたが、レジ接客や商品陳列、清掃、調理、各種手続き対応など、幅広い業務をこなす中で、日本のサービスの質の高さや効率的な社会の仕組みを実感しています。
同時に、実践的な日本語力や対人コミュニケーション力を磨く貴重な機会にもなっています。
挑戦する心を忘れず自分の可能性を広げていく
大学生活では多様な背景を持つ仲間と出会い、多くの刺激を受けてきました。新しいことに積極的に挑戦したいという思いから、日本料理にも挑戦し自炊の機会が増えましたが、外食ではやはり寿司が一番の楽しみです。
3年次には日本人学生と10か国以上の留学生による英会話サークル「PEACE」を立ち上げ、現在は約50人が参加する活動へと成長しました。学内にとどまらず、他大学との交流やNGOでのボランティア活動にも取り組んでいます。
さらに、ゼミでは全国の大学が参加する国際ビジネス研究の大会に出場し、英語で研究発表を行いました。その結果、チームとして本選に進出し、個人としても最優秀討論者賞を受賞することができました。(※関連ニュース:【国際関係学部荒井ゼミが「IBインカレ」に出場し、入賞と最優秀討論者賞を受賞】)
最終学年を迎えた今、国際ビジネスにおける研究開発とイノベーションをさらに深く学ぶため、日本の大学院への進学を予定しています。
留学という挑戦を支えてくれた家族、そして奨学金制度への感謝を胸に、これからも自らの可能性を広げていきたいと考えています。

経営学部経営学科3年
メガンさん(マレーシア出身)
メガンさん(マレーシア出身)

私があえて日本への留学を選んだ理由
2021年、世界がコロナ禍にあった頃、高校卒業を控えた私は日本への留学を考え始めました。マレーシアでは英語が広く通じることもあり、周囲にはアメリカやヨーロッパへ留学を志望する人が多い環境でしたが、オンラインの留学イベントで亜細亜大学に在学する先輩の話を聞き、日本で学ぶ魅力に強く惹かれました。
もともと中国系で中国語も話せる私は、多言語環境の中でさらに日本語を身につけることに価値を感じ、留学を決意。
渡日前には1年間日本語学習に取り組みましたが、思うように上達せず苦労しました。
しかし、亜細亜大学の「ASEAN諸国留学生奨学金制度」には1年間の日本語教育課程が用意されており、そのおかげで学部での学びに必要な語学力を着実に身につけることができました。
学業とアルバイトのバランスには注意!
来日後は複数のアルバイトを掛け持ちしていましたが、無理が重なり体調を崩した経験から、現在はひとつに絞って働いています。今は奨学金の支援企業の系列ホテルで、主にインバウンドのお客様を英語で案内する仕事に携わっています。
やはり学業とアルバイトのバランスは大切で、健康だからこそ学業にも集中できると思います。奨学金のありがたみを改めて感じました。
日常の楽しみのひとつは、大学の友人と月に数回訪れるカラオケです。日本語や英語に加え、母語のマレー語や中国語でも歌えるのは、多文化環境で育った強みかもしれません。高校時代にチアリーディングをしていた経験から、大きな声を出すのも得意です(笑)。
休暇を利用した旅行も楽しみのひとつで、来日後、人生で初めて見た雪の美しさは今でも忘れられません。これからもまだ行ったことがない沖縄などを訪れてみたいです。
「食」のマーケティングで日本とASEANをつなぐ
将来の目標は起業です。特に関心を持っているのは「食」に関するマーケティングで、日本と東南アジアをつなぐビジネスを展開したいと考えています。例えば、日本食の魅力を東南アジアに発信すると同時に、東南アジアの多様な食文化を日本に紹介することで、双方の理解を深める架け橋になりたいと思っています。そのために、卒業後は日系企業で実務経験を積み、起業に必要な知識と構想力を養いたいと思っています。
また、留学中に築いた人脈も大きな財産であり、将来のビジネスパートナーと出会えることも期待しています。
こうした夢に向かって前向きに挑戦できるのは、奨学金制度をはじめとする充実した留学生支援があるからこそ。
日本への留学を考えるASEAN諸国の高校生に、安心して学べる環境として自信を持って亜細亜大学を勧めたいです。

都市創造学部都市創造学科3年
シンさん(ミャンマー出身)
※都市創造学部は2025年4月に社会学部へ改組しました。
シンさん(ミャンマー出身)
※都市創造学部は2025年4月に社会学部へ改組しました。

奨学金との出会いが開いた留学への道
私は幼い頃から建築物が好きで、将来は建造物や都市計画に関わる仕事に就きたいと考え、ミャンマーの大学で建築を学んでいました。しかしコロナ禍により大学が休校となり、時間を持て余す中で日本語の勉強を始めました。
もともとマンガやアニメに親しみがあり、「字幕なしで楽しめたら」という軽い気持ちからのスタートでしたが、転機はSNSで知った亜細亜大学の「ASEAN諸国留学生奨学金制度」でした。
学費や教材費に加え、2年間の宿舎費まで支給される手厚い内容に大きな魅力を感じ、日本留学が現実的な選択肢として浮かび上がりました。
中断している建築の学びを再開するとともに、日本語を本格的に習得したいという思いが重なり、最終的に私は日本への留学を決意しました。
悩みや失敗を乗り越えて成長へと
来日当初、日常会話程度の日本語はできるつもりでいましたが、日本人同士の自然な会話がほとんど聞き取れず、自分の力不足を痛感しました。しかし、留学生別科での集中的な日本語教育により、1年後には講義の理解や友人との会話にも支障がないレベルにまで成長しました。別科での日本の文化や歴史を学ぶ授業も、日本での生活に適応するうえで大きな助けとなりました。
その後も学部での学びと並行して努力を重ね、現在は日本語能力試験(JLPT)最上位のN1レベルに到達しています。
振り返れば、言葉の壁や生活上の戸惑いなど、数多くの悩みや失敗を経験しました。しかし、それらを一つひとつ乗り越えたことが、学業面だけでなく人間的な成長にもつながったと実感しています。
日本での挑戦と将来への展望について
せっかく得た奨学金の機会を最大限に活かすため、大学での学びを軸に日本でしかできない経験にも積極的に挑戦しています。自然に触れることが好きで、奥多摩や日光へハイキングに出かけたほか、雪の降らないミャンマーでは体験できないスノーボードにも挑戦しました。いつか富士山に登ることも目標のひとつです。
学内では英会話サークル「PEACE」に参加し、今年からは設立者であるベトナムからの留学生バオさんの後任の主務としてさらに活発に活動していくために奮闘中。多国籍の仲間と協力しながら活動を広げていく経験は、将来に向けた大きな財産です。
大学卒業後は日本の建築関連企業への就職をめざしています。会社の業務で建設・土木の実務を学び、知識と経験を積みあげて、同時に世界を回って各国の建築文化に触れる機会も作りたいと考えています。
そして将来は、自らの手で100年先にも残る価値ある建築物を生み出すという夢の実現をめざしていきます。

<2026年06月01日 09時00分>