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国際関係学部 国際関係学科 4年 市川 嘉紀(2009年度入学)

2回の留学経験とインターンシップ。挫折をバネに頑張った学生生活が、大きな自信につながりました。 2回の留学経験とインターンシップ。挫折をバネに頑張った学生生活が、大きな自信につながりました。

「英語を使って仕事ができるようになりたい」と考えていた市川君は、1年生でアリゾナへの留学、2年生でロサンゼルスでのインターンシップ、3年生ではワシントンへの留学と、毎年、積極的に海外での活動を行ってきました。しかし、それは決して平坦な道のりではなく、大きな挫折や悔しくなるような経験も同時に味わってきたといいます。 「英語を使って仕事ができるようになりたい」と考えていた市川君は、1年生でアリゾナへの留学、2年生でロサンゼルスでのインターンシップ、3年生ではワシントンへの留学と、毎年、積極的に海外での活動を行ってきました。
しかし、それは決して平坦な道のりではなく、大きな挫折や悔しくなるような経験も同時に味わってきたといいます。

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What made you choose your major? What made you choose your major?

国際関係学科を選んだワケ。 国際関係学科を
選んだワケ。

昔から英語を使って仕事ができるようになりたいと考えていました。
その一方で、発展途上国の貧困問題や民族間紛争など世界の負の部分に問題意識を持っていたため、その両方について勉強できる国際関係学部を選びました。

市川君の亜大ハイライト 市川君の亜大ハイライト

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1年 How was your 1st Year? How was your 1st Year?

仲間ができた「出会いの広場」、挫折をバネに頑張ったAUAP。 仲間ができた「出会いの広場」、
挫折をバネに頑張ったAUAP。

もともと人見知りだった市川君は、大学での友達作りに不安を抱いていましたが、入学してすぐの新入生研修「出会いの広場」に参加することで、多くの仲間をつくることができました。

「一生涯付き合っていける友達や先輩に出会えたのが何よりもよかったです。そこで出会った先輩たちは、今でも相談に乗ってくれる良きアドバイザーです」。

幸先の良い学生生活をスタートさせた市川君、1年生の後期では亜細亜大学アメリカプログラム(AUAP)(※現在は2年生後期から)を利用して、アメリカ・アリゾナ州立大学への留学を果たします。しかし、最初は思いがけず、悔しい思いも経験したそうです。

「英語は得意だったのですが、話すことに自信がなかった私は、留学してすぐの頃、授業で発言はするものの、あまり英語で話そうとしませんでした。学校が提供するレクリエーションにもあまり積極的に参加していなかったのですが、あるとき、アメリカ人の友人からの問いかけに答えられず、代わりに亜細亜大学から来た女友達に答えられてしまって、非常に情けなく悔しい思いをしました。これをきっかけに、自分から積極的に英語で話しかけるように変わりました」。

挫折をバネに頑張った市川君は、時にはホームステイ先のホストマザーのボランティア活動に参加するなど積極的な留学生活を経て、5ヶ月後に帰国しました。

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2年 How was your 2nd Year? How was your 2nd Year?

インターンシップに参加、さらにカンボジアへのひとり旅も経験。 インターンシップに参加、
さらにカンボジアへの
ひとり旅も経験。

2年生の夏休みには、3週間のインターンシッププログラムに参加。
日本人の経営するロサンゼルスの語学学校で事務などの手伝いに従事します。最初は教室の掃除から、書類整理など単調な作業ばかりでしたが、慣れてくるにつれてポスターの作成や電話対応なども任されるようになったそうです。

「少し余裕ができたときに、社員の方から『ゆっくりしていてもいいよ』と言われたこともありました。しかし、せっかく来たのだから何か少しでも役に立ちたいと思って、すべての教室のホワイトボードと机の落書きなどを自主的にきれいにしたんです。すると、その翌日に社長をはじめ皆さんから『プラスアルファのことができる人だ』とほめていただき、自ら考えて積極的に行動することの大切さを実感しました」。

また、もともとアジア諸国に興味を持っていた市川君。お兄さんがひとり旅で撮影してきたアンコール・ワットでの写真を観て、「自分もここに行きたい!」と強く思い、自身もカンボジアへのひとり旅を決行します。途上国への旅行はこれが初めてだったそうですが、現地の人たちとのコミュニケーションも楽しく充実した旅となりました。

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3年 How was your 3rd Year? How was your 3rd Year?

最初はくじけそうになったAUEP、気持ちを切り替えて挽回する。 最初はくじけそうになった
AUEP、気持ちを
切り替えて挽回する。

1年時に経験した留学では、英語を「ツールとして使える域まで到達できなかった」と心残りがありましたが、3年時に休学をして、1年間の亜細亜大学交換・派遣留学生制度(AUEP)に参加することを決意します。意気揚々と、セントラル・ワシントン大学での留学にのぞみますが、いきなりネイティブの学生とともに授業を受けることになり、英語の内容がほとんど聞き取れないという事態に陥りました。

「学生寮に住んでいたのですが、そこでも欧米人がほとんどで、会話のスピードが速すぎて追いつけず、会話にもなかなか入ることができませんでした。何度も帰りたいと思い、部屋に引きこもっていたのですが、留学してからちょうど1ヶ月が経った頃に出会った、ある日本人留学生に『何のためにここに来たんだ。このままだと、あっという間に1年終わっちゃうぞ』と言われて、目が覚めました」。

それからは積極的にイベントに参加するようになり、日本語をアメリカ人に教えるまでに。また、授業でわからないことがあれば足しげく教授室に通い、ついにはライティングのクラスの先生に「君はこのクラスの多くのアメリカ人学生よりも文章が上手い」と、ほめられるまでになりました。

「一度くじけても、粘り強く行動していく大切さを学びました。活を入れてくれた友達には、今でも感謝しています」。

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4年 How was your 4th Year? How was your 4th Year?

就職活動を無事終えて、卒業論文に奮闘。 就職活動を無事終えて、
卒業論文に奮闘。

就職活動では、就職ガイダンスや内定者と語る会、グッドカンパニーフェアなど、大学内での就職関連プログラムに積極的に参加しました。活動するにしたがって視野が広がったといいます。

「最初はよくわからず、誰もが知っている大手企業しか視野に入っていなかったのですが、内定者と語る会で出会った先輩の話を聞くうちに、大手だけではなく、いろいろな特色をもつ会社があって、語学を使う機会が多い仕事もあることを知ることができました。会社選びをする上で、とても役に立ったとおもいます」。

大学卒業後は、自動車関連の専門商社で働き始める市川君。東南アジアや中東諸国にも取引を拡大しようとしている会社だそうで、培った語学力などで貢献できる局面もあるのではないかと期待しています。

卒業論文のテーマは「カンボジアの児童労働の問題」について。途上国が抱える問題には、これからも注視し、「ボランティアなど自分にできる範囲で、これからも積極的にカンボジアをはじめとした途上国支援に関わっていきたい」と話してくれました。

pictureINTERVIEW
INTERVIEW
  • Q1

    今後の目標や計画はありますか? 今後の目標や
    計画はありますか?

    まずは社会人として頑張っていきたいと思っています。その一方で、ずっと関心を寄せている途上国の支援などのボランティア活動にも、仕事と両立しながら関わっていきたいと考えています。

  • Q1

    受験生へのメッセージをお願いします! 受験生へのメッセージを
    お願いします!

    亜細亜大学は、先生と学生の距離が近いということが、何よりの特徴かもしれません。先生は授業以外のことでも相談に乗ってくれるので、そこから自分なりのやりたいことや夢を見つけることが本当に多いのではないかと思います。一人ひとりの学生にチャンスを与えてくれる環境が整っているので、大学にただ行くのではなく、「何をしたいか」ということを明確にして、自分なりの大学生活に対するヴィジョンを持てたら、きっと4年後には理想の自分になっているんじゃないかと思います。

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